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■昼と夕の不運・上

「余所者!おまえ、余所者じゃないか!!!」

怒鳴られました。振り向いて、第一声に怒鳴られました。

え?ええと、じょ、状況が上手く把握出来ませんです。
真昼の遊園地の外れに、私たちは立っています。
私の前にはロングコートを着た、長い藍色の髪の男性。
彼は見るからに驚愕されていました。目を見開き、顔色を蒼白にされています。
――え、ええと、あ、あの……。
初対面時から好意を寄せられることはあった。逆にメッタ斬りにされたこともあった。
でも、こうして珍獣を見るような視線にさらされるのは初めてです。
ど、どういう反応を……笑顔を作るべき?でも緊張で顔が強ばってしまいます。

また、私が馬鹿みたいに口をパクパクさせてる間に、その人はツカツカとこちらに
近寄ってきました。そして目の前に立つなり、私の両肩をガシッとつかみました。
い、痛い!女相手だからと手加減する気はないご様子。
というかそんな余裕さえない感じで、
「いったい、私の目を盗んでどこから入ってきた!」
ど、どこからって、何かふいにこの世界にわいたらしいんですが……。
「おまえはここにいるべき人間ではない!今すぐ元の世界に帰れ!!」
間近で大声で怒鳴られる。
は、迫力が怖い。この人、身長二メートル近くありませんか!?
エリオットさんもゴーランドさんもデカかったけど、いつもニコニコされていたから
圧迫感を覚えたことはありませんでした。でもこの人は……い、痛い!肩、痛い!!
「今すぐ帰れ!今すぐに帰るんだ!!」
彼は親の仇でも見るような目で私を睨み、矢継ぎ早に怒鳴りつけてきます。
私は助けを求め、必死に周囲を見ましたが、遊園地の外れでひとけはないです。
ボリスさんも一向に、戻ってくる気配がありません。
「帰れ!帰らないと……!」
――こ、この人、私をどうするつもりなんですか!?
この世界の人はすぐに銃を出す。
今、私にあんなに懐いているディーとダムでさえ、最初は私をメッタ斬りにした。
それなら、なぜか知らないけど私に消えて欲しいらしいこの人なんて……。
――ダメです!!
いつか元の世界に帰るのは当たり前。
でもその前に、ディーとダムに会わないと……!
――離してっ!!
「……っ!!」
私は渾身の力で藍髪の人の手を振り払うと、走り出しました。
「おい、待て!!」
後ろから声がかかり、私を追って走ってくる音。
当然ですが、リーチが違いすぎる。おまけにこちらはたびたび寝込む身。
案の定、いくらも走らないうちに……
「いいから待てっ!!」
――っ!!
襟首をつかまれ、首がしまるかと思いました……無理やり後ろに引きずられ、藍髪の
人の腕の中に拘束されてしまう。
でも相変わらず誰の姿も見えず、ボリスさんも戻らない。
――止めて!離して下さいっ!!
私はパニックになってムチャクチャに暴れますが、今度は男性の力も緩まない。
「暴れるな!おまえは持ってるはずだ!元の世界に帰る鍵を……!!」
彼が何を言ってるか混乱して聞こえません。
「おい、薬は飲んだのか!?まだ飲んでいないのなら手遅れでは……」
――や……っ!!
男性の手が私の服にかかり、私はあの夜以来の恐怖を感じました。
真昼の遊園地で、まさかそんなことが起きるとは思えません。
ですが、ここは異世界で変な人がたくさんいる。まさか……。
助けを呼ぼう、悲鳴を上げよう。でも、喉からは恐怖の息しか出ない。
「くそっ!どこにあるんだ……それを使って、元の世界に……!」
服の上からとはいえ、全身を乱暴にまさぐられ、もう頭の中が真っ白で――

「っ!!」
ふいにドンと突き飛ばされ、私は解放されました。
勢いで転びかけたのをかろうじて手をつき、地面にへたりこむ。

――え?え……?
でも逃げていいのか判断がつかず……というか腰が抜け、動けない。
――ボリスさん?ゴーランドさん!?
希望をこめて振り返ると、

「エース……おまえ、どういうつもりだ!」

「それはこっちのセリフだぜ。ユリウスー」

私の前に、赤い……なんかすそがやけにボロボロのコートが見えました。
――……剣!?
次に何となくそんな感想を抱く。
えと、赤いコートを着た人が剣をかまえ、藍色の人から私を守るように立ちはだかっていました。
どうやら剣で斬りかかって、私を藍髪の人から、引き離してくれたようです。


「あのなあ、ユリウス。独り身が寂しいのは分かるけど、白昼堂々、女の子を襲う
もんじゃないぜ?しかも他人の領土でさ」
剣の人は呆れたように言って剣を鞘におさめる。
どうやら藍色の髪の人のお知り合いらしい。
あと藍色の髪の人はユリウス、剣の人はエースさん、というお名前のようです。
「襲うか!その女は余所者だぞ!!だから鍵を探してやっていたんだ!」
そう怒鳴って、断罪でもするかのように、私を指差す。
私はその鋭い視線にビクッとする。エースさんは振り返って、地面にへたりこむ私を
しげしげと見下ろし、またユリウスを見ました。

「探してやってって……この子、泣いてるけど?」
「う……」

――……!!
言われて、慌てて目元をぬぐう。濡れた感触。どうもボロボロ泣いてたっぽいです。
「『時間の番人』が女の子を泣かせるなんてさあ。俺、部下として恥ずかしいぜ」
嘆かわしい、と両手を広げ、芝居がかった声で言うエースさん。
……『時間の番人』?
「泣かせるつもりなど、なかった……」
ユリウスはバツが悪そうに言い、視線をこちらによこす。
もうその目に、先ほどの鋭さはない。
――っ!
でも私はとっさにエースさんのコートの陰に隠れ、視線を逃れた。
「あはは!完全に嫌われちゃったな、ユリウス」
嬉しそうに言うエースさんと、ユリウスが舌打ちする音。
「もういい!仕事の用件も終わったし、私は時計塔に帰る!
おまえも勝手に仕事に取りかかれ!」
ユリウスの苛立たしげな声。そしてやけに大きな靴音。
急ぎ足なのか、それはすぐに遠ざかり……聞こえなくなりました。

そして、後には静かな真昼の遊園地、そしてエースさんと私が取り残されました。
「後でなー、ユリウス」
ひらひらとエースさんは手をふり、その手をそのまま私に差し出す。
「さて……と。立てる?」
あ、どうも。差し出された手を握ると、強い力で引っ張られます。

涙もどうにか止まり、私は気恥ずかしい思いでエースさんを見上げました。

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