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■帽子屋屋敷に帰ろう

天気の良い昼間です。
にぎやかな遊園地には、お日様の日差しがポカポカそそいでいました。
私は遊び疲れ、遊園地の一角の木陰で、横になってます。

「はあ……お昼寝びよりだよね。カイ」
一人ぼっちではなく、ボリスさんも横に座っています。
さっきまで、遊園地で一緒に遊んで下さったのです。
私はボリスさんのファーを枕に貸していただき、うとうと。
ピンクのファーが、風が、お日様が、全てが気持ちいい。
ボリスさんは私の頭をなでながら、優しい声で、
「寝てていいよ、カイ。時間帯が変わったら、部屋に連れてってあげるから」
そうですか。それはどうも。では遠慮なく夢の中へ……。

――て、そうじゃないですよ!!

「わっ!!」
ガバッと起き上がり、ボリスさんのあごに激突するところでした。危ない危ない。
「ど、どうしたの、カイ。あんた、前触れなく動くよね」
あ。それはすみませんです……いえ、そうでなくて。

――ディーとダムのところに帰らなくちゃ!!


遊園地でお世話になっている、私カイ。
風邪を引いている間は、やむを得ずボリスさんたちのお世話になってました。
もちろん風邪が治ったら、ディーとダムのところに帰るつもりで。
ですが……風邪が治ったら、ゴーランドさんとボリスさんが、遊びに誘う誘う。
私も『異世界の遊園地』という珍しさもあって、ついつい長居してしまいました。
だからって、いつまでも甘ったれて居候してるわけにいきません。
私は起き上がって、木陰に横座りしつつ、こぶしを固めます。
そんな私を見、ボリスさんは、
「何?帰りたくなったの?」
――……っ!

ボリスさんは本当に心が読めないのでしょうか。するどすぎです。
チェシャ猫さんは、さらに私の顔色を読んだ様子でした。
「別に驚くようなことじゃないよ。猫だって、新しい家がどんなに居心地良くても、
前の家に帰りたがるもんだろ?そういう気持ちは、何となく分かるんだ」
……すみません。決して遊園地がイヤとか言うわけではないのですが。
ただ、あの子たちが無茶をしてないか、大きなケガをしてないか。
それが気になって気になって。
心の憂いが表に出たのか、ふいにボリスさんは私を抱きよせました。
意外と力強い腕と、ふんわり引っかかるピンクのファー。猫の体温はちょっと高い。
ボリスさんは私を抱きよせたまま、にぎやかな遊園地を見ています。
「忘れられない、帰りたい……ってことは、俺やおっさんが想像するほど、あんたは
ひどい目にあってなかったんだね」
そう、そうなんですよ!私は大きくうなずきました!
や、や、やっと分かっていただけた……!言葉のありがたみを実感します。
けどボリスさんは渋い表情のままでした。

「でもさ。カイは夜の森を、泣きそうな顔で走ってたんだぜ?
もうしばらく、ここにいれば?
あんたに、あんな顔をさせた男、ちょっとくらい焦らせて、いいと思うけどな」
どうでしょうね。あの子たちは子どもですから。
いろいろ反応をつかみがたいトコがありますし。
首をかしげるとボリスさんが笑う。
「いいなあ。あんたにそんな風に想われてる奴、俺がとって代わりたいよ」
おやおや。猫さんはナンパ上手。私もちょっと笑う。
そんな私の顔を見て、ボリスさんは手を離し、立ち上がりました。

「分かったよ。それじゃあ俺、おっさんに話してくる。帰りたがってるって。
それで、帰るときは、おっさんや俺も一緒についてってあげるよ」
え?いいんですか!?
「あんたは無口だし、そのまま帰るより、仲介がいた方がいいだろ?」
そうですね。変に詮索を受けるのもイヤですし。
風邪を引いていたとか、事情を説明していただけると、とても助かります。
私がうなずいて頭を下げると、
「じゃ、行ってくる……ああ。カイは来なくていいよ」
立ち上がろうとするのを制されました。
「おっさんはどこにいるか分からないし、あんたも歩きすぎると、また風邪を引く
かもしれないからね」
そしてボリスさんは、一迅の風のように、どこかに走り去って行った。
うむむ。本音は、『どん臭いカイが一緒に行くと、時間がかかるから』とみた!
……て、善意の申し出に何を言っておるか、私!
頭を自分でポカポカし、さてどうしたものか……と立ち上がります。

――やっぱりボリスさんの部屋で、待っていた方がいいですよね。
あとは帰りたい場所を、上手く伝えられればいい。
というか、改めて考えると意思疎通の方法は英語に限らない。
絵を描くとか、ジェスチャーをしまくるとか、いくらでも方法はあります。
でも何より、私がちゃんとしゃべれるようになれればいいんですが。

――こういうのはきっかけですかね。やっぱり。
と首をかしげつつ、一人、遊園地を歩いていますと。


「余所者……?」


声がかかりました。
この不思議の国に来てから一度も聞いたことのない声が。

私は風に髪をなびかせ、振り向きました。

そこにいたのは――

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