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■声が出ません……

そして引き続き、昼間のボリスさんのお部屋にて。
風邪を引いた私はベッドに戻され、横になっていました。
頭に当てられた氷嚢(ひょうのう)が冷やっこい。
そしてベッドの脇では、ボリスさんがゴーランドさんに、私と会った経緯を説明されてました。

「……そういうわけで、この子が風邪を引いたから薬を取りに行ってたんだ」
ボリスさんが、ゴーランドさんに説明を終えました。
「…………」
そしてゴーランドさんは少しうつむき……突然こぶしで猫さんの頭を殴る!
うわ、痛そうな音!
「痛ぇっ!!何すんだよ!おっさん!!」
案の定、ボリスさん、大激怒。すぐさまどこからか銃を取り出しました。
こだわりのカラーなのか、銃までがピンクでしたが。いえ、そんな場合じゃないか。
ともかくベッドの中でビビる私。でもゴーランドさんも怒り心頭のようです。
「ボリス!そういう重大なことは、まずオーナーの俺に報告しろよ!!
薬だって、俺に言えば、すぐ用意したってのによ!!」
でもボリスさんも負けずに食ってかかる。
「だって仕方ないだろ!?あんたは演奏会だか何だかであちこち飛び回ってるし、
あんたを探してたら、この子の熱だって上がったかもしれないじゃないか!」
突然、注目されました。あ、私のことはどうぞお構いなく……。
「あ、そうだ。で、薬を持ってきたんだ」
そしてボリスさんは何か思い出した顔になり、急いで銃をしまうと、どこからか紙袋を
出しました。それから私を見下ろし、優しい笑顔で、
「あんたのために薬をかっぱらっ……もらってきたんだ。飲める?」
ええと、まあ……ツッコミは無しということで。
ゴーランドさんも、慣れてらっしゃるのか、『仕方ない奴だなあ』という感じに、
ため息をついておられました。


ほどよく温かい白湯が、薬と共に私の喉を通ります。
私は、これまたお借りしたガウンを寝間着の上に羽織り、ベッドに座ってます。
薬を全部飲み終えて顔を上げると、ベッドの端で頬杖をついていたボリスさんが、
「で?そろそろ話せるようになった?あんたの名は?どこから来たの?」
猫さん、好奇心で瞳がキラキラです。
「こらこらボリス。いきなり、あれこれ言われても分からねえだろ?」
ゴーランドさんが腕組みをして言う。
うーん。こちらもそろそろご厚意に応えねば。ボリスさんたちも、いろいろ困って
しまいます。話し始めるのにちょうどいいタイミングですし、ここはさりげなーく、
普通に話すといたしますか。
私は発声にそなえ、ゴホンと咳払い。
するとお二人も自然にしゃべるのを止め、私の言葉を待つ態勢になられました。
私は口を開けて、大きく息を吸い、脳内リハーサル。
『いろいろ、ありがとうございました。私はカイと申します。
帽子屋屋敷に滞在していまして、風邪が治ったら帰るつもりです』
よし、それでいきましょう。せーの。


…………。

『…………』

……こ、声が出ない……!
い、いや、ちょっと言葉が長すぎですね。帽子屋屋敷うんぬんは後でいいですか。
『ありがとうございました。私はカイと申します』だけで十分ですよね。
お二人も待って下さってます。一刻の猶予もなりません。せーの!

…………。

も、もういいです。『カイです』だけでも通じますよね。せーのっ!!

……。

…………。

『………………』

だ、ダメです……!!
うつむき、己の情けなさに肩をふるわせていますと、ゴーランドさんが大慌てで、
「あ、いい!もういい!しゃべれないのなら無理しなくていい!
だから、そう泣きそうな顔をしないでくれ!!俺たちが悪かった!!」
「そうだよ。おっさんが悪いんだよ!無理にしゃべらせようとするから!!」
ボリスさんもかなり焦ったご様子です。
「あ!ボリス、てめえ!最初に質問を飛ばしまくったのは、おまえの方だろ!?」
「何だよ!おっさんこそ!」
……お二人の言い争いは『どっちが子どもを泣かせたか』の様相です。
私は自分が情けなくて恥ずかしくて、みじめな気持ちでした……。

…………

書いた紙をお渡しすると、ゴーランドさんは顔を輝かせました。
「そっか。『カイ』か、可愛い名前だな!カイ、カイ、カイ!!」
あの、ペットみたいに連呼されるのはちょっと……。
「おっさん!俺にも見せろよ!!へえ、カイか!」
でも名前をちゃんと呼んでいただけるのは嬉しい。私も何度もうなずく。
すると、ボリスさんとゴーランドさんも顔を見合わせ、微笑んでいました。

そう。あの後、紙とペンを渡されました。
それで、どうにか自分の名を英語表記で書けましたです。
「じゃあ、あんたのことをもっと教えてくれよ。
ああ、教えたくないことは無理しなくていいからな」
ゴーランドさんは紙を私に返しました。ボリスさんも枕元に肘をつき、
「それで、あんたはどこから来て、何で夜の森で迷子になってたの?」
私はペンを持ち直しました。
うーん、そうですね。まあ襲われたうんぬんは、私の胸にとどめるとして。
私がいたのは帽子屋屋敷で、ディーやダムと……。

――え?帽子屋屋敷って、英語でどう書くんでしたっけ?

というか、そもそも『帽子』を英語?hat?いえ、hutでしたっけ?
お、お屋敷を英語でって……?いえ、『帽子』だけで通じるのかな?
ですが、この世界ってどれくらい広いんでしょう?
結局、帽子屋屋敷の外と言えば、お花畑と、ここくらいしか知りませんし。
仮に広かったら、単に『帽子』だけ言われても分からないのでは?
――あ、あああああ!!
内心、頭を抱えていますと……え?紙とペンを取られました。
「無理しなくていいって、言っただろ?」
見るとボリスさんの穏やかなまなざし。
そしてゴーランドさんが手をのばし、頭を撫でてくれた。
何やら小さな動物を慈しむ目で、
「『余所者』はこの世界で好かれるからな。辛い目にあったんだろう。
俺たちは無理に聞かないから、いつまででも、遊園地に住んでくれよ」
は?ちょ……ちょっとゴーランドさん!あなた、また何かストーリーを作って!!
内心であたふたしていると、ボリスさんまでが私を抱きしめ……あ。ぬっくい……。
誘惑に屈し、ふにゃっと力を抜くと、ボリスさんに……額にキスされました!
真っ赤になって顔を上げますと、
「おっさんはこう見えても権力者なんだ。あんたの秘密は絶対に守る。
遊園地に住んでれば安全だよ。怖い奴は来ないからね」

あ……えーと『英語表記に関する私の沈黙』→『とんでもなく辛い目にあって、何も
話したくない!』という方向に『解釈』されたもようです……。
ちょ、ちょっと待って下さい。それに秘密を守るって……私の迷子情報を発信して
下さらないと、ディーとダムが私を見つけられないと思うのですが!

「よし!元気になったら、全力で遊ぶぞ、カイ!!」
「カイ。俺がカイを守ってあげるからね」
完全な勘違いで、ものすごく、いたわられております。

――違うんですよー!!ディー!ダムー!!
もはや保護者の顔となったお二人に、私は何とか事情を説明しようとしました。
が、結局、必死な思いは最後まで言葉になることはありませんでした……。

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