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■風邪を引きまして・下

見れば見るほどに個性的なボリスさんのお部屋。
そこに小さな咳が響きます。
――はあ。熱はまだ下がらないですかね……。

私はお布団の中で咳き込みながら、横になっております。
もちろん『身体が弱い』というエセ設定無関連の、本物の風邪です。
ショッキングなことが重なったのが、いけなかったかもしれません。
熱を発端として、あれから頭痛、関節痛、咳に鼻水と各種の症状が出まして、本当に
ベッドから出られなくなってしまいました。
ボリスさんはというと、私の面倒を嫌な顔一つせずに看て下さって『薬をもらって
くる』と言い残し、どこかに出かけてしまいました。
私の今着ている寝間着も、ボリスさんがどこからか出して下さったものです。

――はあ……でも、いつまでも甘えてるわけにいきませんし。
自己嫌悪に涙が出そうになります。この世界のことは何も分からないけど、とにかく
ボリスさんに迷惑はかけられない。それだけは確かです。
私は起き上がり……ううう、全身がダルい。
ですがボリスさんにご迷惑をおかけしたこと、何よりディーとダムのことを考えると
自然と負けてはいられない気持ちになるのです。

あんな風に拒絶してしまって、今までのように懐いてもらえないかもしれない。
子どもなんだし『かわいさ余って憎さ百倍』なんてことだってあるかも。
――でも……出て行くにしたって最後に一度会わないと。
会いたい。ちゃんと叱って、悪いことは悪いことだと教えないと。
あんまり無茶をしないように、大きなケガだけはしないでほしいと伝えたい。
それから出て行って、元の世界に帰る方法を、探すことにしましょう。

私はヨロヨロと室内を歩き、どうにか扉までたどりつきました。
――ディー、ダム。『お姉さん』が、今、帰りますから。
そして扉を開けようとして、

バンッと勢い良く開けられた扉に、顔面が激突しました!

「おいボリス!遊園地の人手が足りねえんだ!
ゴロゴロしてないで、チケットのモギリくらいしろよ!」

上からそんな声が聞こえました。
私が無言で扉の前にうずくまって苦悶していますと、
「ボリス!……ん?」
私が顔を上げ、その人も視線を下げたらしく……私たちの視線が合いました。

――変な人っ!!

……申し訳ございません。第一印象はソレでした。
だ、だって、三つ編みに、その、形容しがたい奇抜な黄のコートで……。
失礼しました。服装も個人の趣味でございます。
とにかく、その人はとても優しい目をした人でした。

その人は、へたばる私の横にしゃがみました。
「ああ。すまん。扉がぶつかったんだな。あんたは?ボリスの彼女か?」
それは違います。首を左右に振ると、
「だよな!あいつに彼女なんて出来てたまるかっての!」
……なぜ上機嫌そうな顔をされますか。
その変な服の……コホン、優しい目の人は私の頭をなぜかなでなでし、止まる。
そしてしげしげと私を見て、
「あんた、『余所者』だな」
え?分かるんですか?
ボリスさんは分からなかったのに。
そういえば帽子屋屋敷でも私が『余所者』と見抜いたのはブラッドさんだけ。
もしかしてこの人も、ブラッドさん並みに偉い人?
そういえば、ボリスボリス仰ってますが、ボリスさんのお知り合いなんでしょうか?
その人はなおも私の頭をなでなでし、それからふいに止まり、
「あれ?……あんた、熱があるじゃねえか!!」
遅っ!でもその人はサッと顔色を変え、
「冗談じゃねえ!すぐベッドに横になるぞ!!」
そして私を両手で……ええ!?お、お姫様抱っこ!?
私は慌てますが、その人は私をお姫様抱っこしたまま、ベッドへ急ぎます。
「可哀相に!余所者だからって、ボリスに召し使い同然にコキ使われてたんだな!」
えええ!そんなベタな!というか、ボリスさんはそんな猫さんじゃないでしょう!
「あんたも熱があるのに、奴が怖いから気丈に頑張って……なんて健気なんだ!」
ちょ……!会って一時間帯も経ってないのに、私のキャラづけをしないで下さいよ!
と、言いたかったのですが、口をパクパクさせるだけで言葉が出ず。
ともかく、親切なボリスさんを悪く言うのは許せません。
抗議に軽く胸を叩くと、その人もちょっと『戻って』来ました。
私をベッドに下ろし、布団をかけながら、
「ああ、悪い悪い。名乗るのが先だったな。俺はメ……ゴーランドだ。
遊園地のオーナーをやってる。あんたは?」
ん?『ゴーランド』と言う前に何か言いかけたような……それに『遊園地』?
まあ、いいですか。えーと、私の名前はですね……。

沈黙。

こちらが口をパクパクさせるだけの時間が過ぎました。

「あんた……」

ようやく悟ったのか、ゴーランドさんが呆然としたように言いました。
そして……目を潤ませ、悲劇のヒロインを見る目で私を見ます。
――う……ちょっと待って下さいっ!可哀相な子じゃないですから!私!!
「何て……何て……」
どうもこの人、そういう話がお好きらしい。
ちゃう!私のは、単にあがり症で上手く言葉が出ないだけです、ゴーランドさん!

「何て可哀相な子なんだっ!!」

遅かったか……。
ゴーランドさんはベッドの私にガバッと抱きつき、ギューッと抱きしめます。
ああああ、風邪がうつるから止めてー!!肩を押して身体を引き離そうとすると、
その前にゴーランドさんがバッと離れ、恥じたようにうつむき、
「す、すまねえ。そうだよな。口もきけないくらい大人の男が怖いんだよな!
……辛い目にたくさんあったな。だが、どうか全ての男を敵と思わないでくれよ。
この遊園地にいれば、もう大丈夫だ!俺がこれから全力であんたを守ってやる!!」
そう言って眼鏡を取り、ハンケチで目元をぬぐう。
ちょっと待て、あんた!!私に関して、どれだけ壮絶な過去を妄想してますか!!

「おっさん、おっさん。いい加減にしろよ。その子がドン引きしてるだろ?」
――ボリスさん!!
呆れたような声がかかり、私はハッとしてそちらを見ました。
いつ、どこから現れたのか、そこにはボリスさんがいました。
両手を頭の後ろで組み、呆れたようにゴーランドさんを見ていました。

「その子は迷子。俺が森で拾ったの」

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