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■風邪を引きまして・上

フワフワキラキラした空間で、私はお腹に力を入れます。
――あー、いー、うー、えー、おー!
夢の中で発声練習なのです。
しかし夢の中でさえ声は出ませんが……とにかく、努力あるのみです!
と、努力に徹する私に声がかかりました。
「やあカイ。どうした?口をパクパクさせて。
ああ、小顔体操とかいうやつだろう!だが、そんなことをしなくても、君は十分に
可愛いし、むしろもう少し食べてもいいくらいで……」
……唐突に現れた夢魔さんは、一言で私のやる気を殺いでくださいました。


とりあえず正座をしますと、ミステリアスな銀髪眼帯さんは、私の周りをフワリと
一回転。そして困ったように私を見下ろして微笑みました。
「少し慣れたんじゃないかと思って見に来たが、相変わらず心を読ませない子だな」
えええ!?これでもオープンマインドになってきたんですが!
「ああ、でも少し表情が出て来たな。今、ちょっと笑ったよ」
と、ホッとした顔で言う夢魔さん。そうですか。それは何より。
なので私もゴロンと横になって、ウトウトと寝る体勢になりました。
「おいおいカイ!現実でも寝て、夢の中でも寝るのか君は!!」
夢の中の登場人物から声がかかります。
いいじゃないですか、いろいろ大変だったんですから、ちょっと休憩しても。
と、私が目を閉じて夢の中の夢に潜ろうとしたとき。
「寝るなら、ちゃんとベッドで寝なさい!」
お説教とともに夢魔は指をパチンと鳴らし……次の瞬間、私はフカフカの羽毛布団の
中にいました!うおおおお!こ、この肌触り!ふかふか感っ!!
「き、気に入ってくれたようだな……」
布団のあちこちを、すりすり頬ずりしまくる私に、疲れたように微笑む夢魔さん。
「しかし、私が出したものとはいえ、本当に気持ち良さそうだな……」
夢魔さんもフワリとベッドのフチに腰かけ、さわさわと、布団を撫で……。
「あ」
今、夢魔さんの手が、布団の上から私のお尻を……っ!!
私はバッとベッドから飛び下り、猛烈な速度で走り始めました。
「ちょっと待て!カイ!違うんだ!今のは、間違って……」
夢魔の必死の声がかかりますが、スルーいたします。
「カイーっ!!誤解だ!私は君を傷つけるつもりなど……!!」
聞きません。私は風。指先までピンと伸ばし、夢の空間を疾走します。
「カイ〜〜。うう、悲しい……」
最後にチラッと振り返ったとき、夢魔さんは布団の上に盛大に吐血されていました。
夢の中とは言え、もったいないですね……。
あ、いえいえ。さすがに戻って見てあげないと……戻って……

…………

髪を撫でられる感覚に、ふと夢から覚めました。
何か変な夢を見ていたような……と思いつつ目を開けると、視界一面のピンクが。

ん?ピンク?

「あ、起きちゃった?」
間近で金の瞳がキラリと嬉しそうに光る。
――猫耳……猫さん?
寝起きの頭のまま、手を伸ばして、猫耳をつかもうとしますと、
「こら、イタズラしない」
こちらの頭をかるーく、ぺちっと叩かれます。あう。
「さて、あんたも起きたし、朝ご飯にするか」
猫耳さん、もといボリスさんは立ち上がって伸びをしました。
はあ、そうですか……と私も何となく、ベッドの中で身を起こします。

……て、あれ?ここはどこ?

首をかしげつつ周囲を見ます……大変に前衛的な空間が広がっていました。
ピンクとか鎖とか銃とか!
――ディーとダムに劣らず、男の子っぽい部屋ですねえ。
と呑気に考え……ズキリと心が痛む。
そして、ここに来るまでの経緯を思い出しました。


そう。私は帽子屋屋敷から飛び出してきて、森で迷って、猫さんに会ったんです。
それで名前を聞かれて。
ですが、私は例によって緊張で上手くしゃべれず。
困った猫さんは、何と自室へ泊めてくれたんです。それも空中にいきなり扉を出すと
いう、ドラえ……ゴホッ!ゲホッ!……魔法っぽい方法で!!
ともあれ、いろいろあって疲れていた私は、ベッドに入って図々しく爆睡しました。
うわあ……ご迷惑かけまくりだ。
帽子屋屋敷の人たちだって私が何も言わずに消えたから、きっと心配してるでしょうし
ディーとダムにしても、私が逃げちゃってショックを受けて……。

――……ディー、ダム……!

ディーとダム。残酷だけど、決して、悪い子じゃなかった。あの夜のことだって、
思わせぶりな態度を取ったり、実はしゃべれるのに、しゃべらなかったりした私に
だって非があったと思う。
双子の落ち込んでいる顔、泣きそうな顔を思うだけで胸がしめつけられる。
――帽子屋屋敷に、戻らないと……。
「コラ!勝手に動かない!」
ベッドから下りようとすると、ボリスさんに怒られてしまい、ビクッとする。
見ると、ボリスさんが何かトレイを持って、こちらに来るところでした。
「熱があるんだから、寝てなよ」
と、言いながら、ベッドサイドに椅子を引き寄せて腰かける。
――え?熱?
「そ。だから無理しない」
言われて額に手を当てると、確かにちょっと熱いような。
そしてボリスさんは、持ってきた深皿の中をスプーンで一すくい。
ふうふうと息を吹きかけて冷ましている。そしてニッと笑い、スプーンをこちらに。
「はい、あーん」
……本当に私は、この世界に好かれる体質のようです。
でも、知り合って間も無い人に好意を寄せられるのは、居心地が悪いと申しますか。
「そう?だって相手は迷子の女の子だろ?
それが熱を出したら、面倒を見てあげたくなるのは、俺だけじゃないと思うけどな」
――……っ!
夢魔さんも読めなかった私の思考を、読まれたのかと思いました。
「あ?図星だったの?だって、居心地が悪そうな顔をしてたからね。
夢魔さんにみたいに心は読めないけど、チェシャ猫さまは頭がいいんだ」
なるほど……顔色を読んだわけですか。
ブラッドさんといい、チェシャ猫さんといい、この世界には頭の鋭い人が多い。
要領の悪い私は、気おくれするばかりです。
「はい、それじゃあ改めて。あーん」
――あーん。
再度促され、私は観念して口を開けました。
作っていただいたのは、美味しい美味しいチキンスープでした。
「美味しい?良かった。全部食べてよね」
ボリスさんは嬉しそうに笑いました。

……ちょっとさましすぎでしたが。猫舌なんですね。

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