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■真夜中の森の出会い

私はカイ。異世界に来た、(多分)ごく普通の日本人の女の子です。
多分っていうのは、まあ……ちょいと記憶喪失かつ、無口ってことで。

詳細はさておき、帽子屋屋敷に滞在させていただいた私は、双子の門番と仲良しに
なりました。ですが、無口なのが災いし、勘違いで襲われかけ、パニックを起こして
屋敷を出てしまいました。

……で、ただいま真夜中の森の中におります。

…………

――こ、ここはどこなんですか!?
私は真っ暗な森の中をひたすらさ迷っていました。
ど、どうしよう!どうしよう!!
右を見ても左を見ても何も分かりません。どこもかしこも真っ暗です!
いえ、足下のキノコがちょっとばかし光ってます。それでかろうじて、転んだり、木に
激突したりするのを防げていますが……余計に怖いわ!
人を呼ぼうにも、声が出せません。
茂みをかきわけても、かきわけても、見えるのは不気味に広がる暗い森だけ。
――あ、ああああ!逃げるんじゃなかった!!
い、いえ、あのまま子どもと、それも二人と初体験というのも終わってますが、夜の
森の中で人知れず朽ち果てるというのもちょっと……!
――いえ、『朽ち果てる』とか言わない、自分!
あと、記憶喪失のはずなのに、こういうときに限ってホラー漫画の怖いシーンとか、
頭に浮かぶのはなぜですか!
まあ、ここは不思議の国。夜が唐突に昼になる世界です。
時間帯が突然変わって、昼、せめて夕方に変わることを祈るしかないです。
――でも逆に、延々と夜が続く事もあるんですよね……。
イヤーなことだけが頭に浮かび続けます。
もう双子でも、よこしまな考えを持った男性でもいいから、誰か出て来て欲しい!

と、私が暗闇に、かなり精神的に追いつめられたとき。

「さて、なぞなぞだ」

――!?

突然声をかけられ、悲鳴を上げそうになりました。もしかしたら声を治す、良い機会
だったのかもしれませんが、逆に驚きすぎて、悲鳴は喉元で止まりました。
ともかく私は慌てて周囲を見ますが、どこにも、誰の姿も見えません。
ゾーッとする私をよそに、謎の声の主は『なぞなぞ』を出しました。

「時間の終わり、永遠の始まり。これなーんだ?」

――は……?
ポカンとしました。え?え?時間?永遠?何すか、その哲学的な問いは!

混乱でしばらく沈黙していると、どこからか答えが振ってきます。
「分からない?答えはアルファベットの『e』。
time(時間)の最後の文字でeternal(永遠)の最初の文字だろ?」
――ああ!
ポンと手を打つ……ものの、英語のなぞなぞじゃないですか?これ。
日本語圏の自分には難易度が高いですよ。
私の不満はあちらさんにも伝わったのか、もう一度、声がかかりました。

「じゃあ、次のなぞなぞ。首を斬られると耳しか残らないFさん。これなーんだ?」

ええ?いきなり物騒な。あとFさんって?
えーと。まず耳……えーと、取っ手のついたアイテムの比喩とかですかね。
ドアノブ、ティーカップ……どれも当てはまらないですね……。
またも私が悩みつつ、黙っていると、

「答えは『fear(恐怖)』。頭のfを斬っちゃうとear(耳)しか残らないだろ?」

いやいやいや!ですから、日本人に英語圏のなぞなぞを出さないで下さい!
心の内で猛抗議しておりますと、

「最後のなぞなぞだ。時計の針が終わりを告げる。これはいつ?」

えーと時計って、clockですよね。終わりはendで……えーと、えーと……。
そして、はなから私の不正解を見越したように声がかかる。

「答えは壊れたとき。終わりってことは時計が止まるときってことだろ?
時計屋さんに修理してもらうとき、でもいいかな?」

……英語問題を二個続けて、最後だけ引っかけというオチですか……!!
何て、性格の悪い人なんですか!いえ、私の頭が悪いのかも。
と、私が頭を抱えておりますと。

「オマケのなぞなぞ。暗い森の中に女の子が一人。この子は誰?」

妖しくささやく声は……頭上の木の枝からかかりました。
上の木の枝に誰かいます!
――さっきまで、何の気配もなかった場所なのに!
恐怖と混乱を半々に、私はバッと上を見ました。
森にかすかにさしこむ月明かりとキノコのわずかな光源。
そのおかげで、枝にもたれる出題者さんの姿が、どうにか見えました。

――人?……猫?

最初に思ったのは、それでした。
キラリと光る金色の瞳。ピンと立った猫耳、大きなファー。ゆらりと揺れる尻尾。
でも、どう見ても人の姿。ディーとダムよりは歳上。でも大人というほどじゃない。
その猫耳さんは枝にもたれ、頬づえをついて私を見下ろしていました。

「騎士さんなら放っておくけど、泣きそうな女の子は放っておけないな」
少し謎めいたことを言い、猫耳さんは……ヒラリと頭上の枝から、飛び下りました。
――あ、危ない!!
かなり高い枝です。身体をぶつけるのでは、と私は心臓が止まりそうになりましたが、
「よっと!」
猫耳さんは動きまで猫そのもので、しなやかに宙を回転すると、両足でストンと降り
立ちました。あまりにも鮮やかで軽快な動きでした。
「こんばんは」
私にニッと笑いかけます。もちろん、私は返せませんが。
風がかすかにざわめき、木々の葉が揺れます。
猫耳さんの尻尾も、かすかに風に揺れていました。
とても顔立ちの整った、神秘的な人(?)です。
……ただ尻尾だの耳だの、全身がアクセでジャラジャラ。
パンクだかロックだか分かりませんが、ずいぶんとナウでヤングな格好で。
で、その人は、ちょっと身をかがめ、私に目線を合わせました。
そして優しい声で、

「道に迷ったの?『チェシャ猫』ボリス=エレイが、家まで送ってあげるよ」

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