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※注意:この作品はR15、R18描写を含みます。
少しでも不快に感じられましたら、すぐにページを閉じてください!


貝殻と二つの斧


■帽子屋屋敷で起きました1

まあ何気ない一言というのは、時にその人の人生を破壊するものです。
『口は災いの門』『沈黙は金、雄弁は銀』と古い言葉にあるように。
人間、余計なことをベラベラしゃべらず黙っているのが一番なんですよね。

…………

…………

私が目を覚ますと、ベッドの脇に、ウサギ耳を生やしたお兄さんがおりました。
そのお兄さんは開口一番、仰いました。

「あんたはな。うちの門番どもにメッタ斬りにされて、屋敷前で倒れてたんだ」

へー。それはびっくり。

…………

何もかもが唐突なので、順序よく説明することにしましょう。
……というか順序も何も、当の私自身、何が何だか意味不明なのですが。

とにかく場所ですが、私は今、部屋にいます。部屋が帽子のモティーフだらけの変な
部屋に。あとベッドに寝ています。時間は昼間らしく、窓の外は快晴です。

で、ベッドのかたわらに、ウサギ耳……金髪の大きなお兄さんが立っていました。
金髪で、頭にウサギの耳を生やしているのですが、どうも深刻な表情です。
ウサ耳へのツッコミがためらわれるほどに。そしてお兄さんは言ったのです。
『あんたはな。うちの門番どもにメッタ斬りにされて、屋敷前で倒れてたんだ』と。


とりあえず、メッタ斬りにされたというので、まず私は起き上がりました。
うう、長期間寝ていたときみたいに、身体が硬いですね。
起き上がったため、私の身体にかかっていた布団がバサリと落ちました。
で、自分の身体が見えました。
うーん、ネグリジェに身を包んだ、ごく普通すぎる少女です。
出るところが出ておらず、へっこんでいてほしい場所がへっこんでもいないと。
しかしメッタ斬りという割に、露出している肌に、傷は一切見当たりません。
一応、上から身体にも触れてみますが、特に痛みもなく傷口も見られず。
恐る恐る、顔に触れてみるけど、そちらも異常なし。
蛇足ですが触ってみたかぎり、顔の造形も極めて平凡なようです。
私がメッタ斬り?どこが?仮に長期間寝ていて傷が治ったと仮定しても、こういう
場合、悲しいことに傷口や傷跡が一生残るものだった気が。

混乱して困っていると、ウサギお兄さんが話を続けておりました。

「で、あんたをどう片づけようかって、門番どもが話し合ってるところに、俺と
ブラッドが通りかかったんだ。そしたらブラッドが『この子は余所者だ』と言って」
……このウサギのお兄さん、どうも説明が大変苦手なお方のようです。
新しい単語の『余所者』も不明ですが『ブラッド』とは。そもそも『門番』とは
何者なのでしょう?
用語や人物名の説明をせず、話を進められても何が何やら、ちょんちょこりん。
「で、俺が『余所者なら腐るだろ。埋めた方がいいんじゃないか』って言って。で、
あんたをよく見てみたら、まだ息があったんだ。それで屋敷に連れ帰って治療した」
と、妙に怖いことを言って、話を止めまして。
「以上だ」
え?そうなんですか?これで説明終わり?えー!?
ウサギお兄さんは、どうも説明を終えたつもりらしく、微妙に満足げです。

つまり、メッタ斬りにされた後は、お屋敷で治療してもらったらしい。
あと余所者なら腐るって何だろ。そうでなきゃ腐らないのでしょうか?
うーん。部屋は広く、窓の外はよく晴れたきれいな空。
風はそよそよ、ウサギお兄さんの金髪はさらさら。
私はベッドの上で、ただ沈黙し、内心で混乱しまくっていました。

そしてしばらく困っているとウサギお兄さんが感心したように、
「……あんた、落ちついてるな」
は?
「さっきからピクリとも表情を動かさないし、怒らないし、すげえよ!」
え?いえ別に。表に出さず、混乱しているだけですが。
「それに小さくて可愛いな。笑ったら、きっともっと可愛くなるぜ」
はあ?でもお兄さんはなぜか私の頭を撫でてきました。
まあ、このウサギお兄さんはとにかくデカイ。このお兄さんにとって、ほとんどの
女の人は『小さくて可愛い』部類に入るに相違あるまい。
そしてウサギお兄さんの方が可愛いですよ、なんて言っちゃダメなんだろうなあ。

「ともかくあんたは余所者だし、うちの門番どもが、ケガをさせた詫びもある。
ブラッドは『好きなだけ、我が屋敷にいてかまわない』って、言ってた」
そしてまた、私の頭を撫でた。だから『ブラッド』って誰ですか。
「屋敷の中は自由に歩いてくれていい。食事は持って来させるし、食いたくなったら
厨房に行けば使用人どもに出させる。
門番どもにも、あんたに何もしないよう、厳重に注意しとくから」
はあ、それはどうもご親切に。

……よく分かりませんが『私は”門番ども”とやらにメッタ斬りにされ』『ブラッド
なる人物と目の前のお兄さんに命を助けられ』『好きなだけ泊まっていいらしい』と
いう、ことのようです。

……いやいやいや!『厳重に注意しとく』って、つまり私をメッタ斬りにした門番
どもとやらが、まだご健在で屋敷内にいるってことですよね!?
人をメッタ斬りにするような殺人鬼どもと、起居を共にするわけには参りません。
出て行こう、そうしよう。私はおうちに帰りませんと。

はて?私のおうち?どこでしたっけ?本州?道北?四国?尖×諸島?
……今、スレスレの用語が頭をかすったような。

そう思っていると、ウサギ耳お兄さんが言いました。
「で、あんたは何て言うんだ?」
え?いきなり言われ、何も応えずにいると、ウサギのお兄さんは笑い、
「名前だよ、名前。ああ。名乗り忘れてたな。俺はエリオット=マーチだ」
で、あんたは?という顔で促してくる。

はて……あれ?名字は?私の名字は何だっけ。おうちどころか名字まで!?
混乱しすぎてるのか、どうも思い出せません。

でも名前と聞かれ、パッと思い出す響きはありました。
ですから私は、顔を上げてエリオットさんとやらに言いました。
長いこと声を出してなかったせいでしょうか。
聞こえるか聞こえないかくらいの、か細い声で、たった一言だけ。

「カイ」

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