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■嫉妬とキス・上

窓からは涼しげな夕日が差していました。
帽子屋屋敷の私の客室にて、私はソファに座り、ウトウトしていました。
……が、私の前に座るエリオットさんは腕組みをし、仁王立ちで仰いました。
「いいかカイ!こういうのはふとしたきっかけで治るもんだって、ブラッドが
言ってた!ブラッドが言うんだから間違いねえ!」
エリオットさん。いきなり会いに来たから、何かと思ったら。
どうも、私が上手く話せないことにしびれを切らしたご様子です。
「そこでだ!!カイ!!」
……あの、私は目の前にいるので、そんなに大声でしゃべらなくとも。
けどエリオットさんは、それくらい気合いを入れているご様子。
そしてとびきりの笑顔で私に言いました。
「カイ、俺がそのきっかけを作ってやる!あんたの声を治そうぜ!!」
ええと……どうも。

…………

窓の外はノスタルジックな気分にさせる夕焼け。
ああ、今の時間帯から寝るのも悪くないなあ……。
「いいか、カイ。俺と一緒に声を出すんだ!!『あー』!!」
エリオットさんは、芝居がかかった調子で発声。私もソファでかしこまりつつ、
――『あー』!!
出した……つもりだったんですが、出てなかったみたいです。
エリオットさんは私を見て、しばし沈黙され、
「口を開けるだけじゃダメだ!息を吸って!大きく!腹の底から!『いー』!!」
――『いー』!!
「…………」
またも口を開けただけだったっぽいです。
エリオットさんはちょっとだけ耳を垂らし、少し考えてました。
そしてピンと耳を立て、
「よし!言って楽しい言葉にするぜ!よし、『ブラッド!!』」
――『ブラッド』……!
エリオットさんは少し首をかしげ、
「何だ?口の開きがさっきより悪いぜ、カイ」
いえ私が言って楽しい言葉と『あなた』が言って楽しい言葉は、多分違うと……。
「よし、次の言葉行くぞ!『ブラッドは偉大だ』!!」
――『ブラッドは偉大だ』……。
どうも私のノリは、さらに悪くなったようです。
「次だ!!『ブラッドは最高だ』!!」
――……『ブラッドは最高だ』……。
何か、だんだん洗脳プログラムっぽくなってきたなあ。
私のノリは表情にまで繁栄されたようです。
エリオットさんは困ったようにご自分の金髪をかき上げ、
「カイ、ブラッドを素直に讃えるのが照れくさいのなら、何でもいいぜ。
何かしゃべってみろよ。言いたいこととか、あるだろ?」
――照れくさいかはさておき……言いたいこと?
うーん。まあ、確かに。無口生活はいろいろ不便なものです。
双子の居場所に、体調が悪いときの訴え方、何か出来る仕事はないかと聞くとき。
声は一秒、ジェスチャーだと一時間帯。
お時間を取らせ、使用人さんにまでご迷惑がかかります。

「無口でもいいんだ。せめて、もう少し話せるようになれたらなあ……」
耳を少し垂らしてエリオットさんが言いました。
私もそう思うのですが、どうしてだか、声に出せなくて。
「まあ、時間が出来たらまた来るからよ。頑張ろうぜ!」
――ありがとうございます、エリオットさん。
ただ申し訳ない気持ちで、私は力なくエリオットさんに微笑みました。
「やっぱり、笑顔が可愛いな、カイ」
私たちは夕焼けを受け、微笑みあいました。

――ん?
そのとき、視線を感じてチラッと横目で、その方向を見ました。
――あれ?
寝室の扉がちょっと開いてました。
その隙間から見える顔は……ディーとダムです。
入ってくればいいのに。扉を半開きにしたところで固まってるように見えました。
ははあ。どうせまた仕事をサボって遊びにきたんでしょう。
呑気に部屋に入ろうとしたら、エリオットさんがいて、固まっちゃったんですね。
と、思っていると、扉が静かに閉まりました。持ち場に帰ったんでしょうか。
「どうすれば、あんたが声を出せるかなあ……」
エリオットさんは気づいてないらしく、私が無口なことについてまだ嘆いてます。
私もまた申し訳なくなり、双子が遊びに来たことは、それきり忘れました。

…………

――眠いです……。
空は夜色。堂々と眠れる時間とあって、私はベッドの上でウトウトしています。
「お姉さん〜」
「カイお姉さん〜」
何かと引っついてくる双子も一緒に。
兄弟ゲンカから仲直りしたようで、良かった良かった。

あのお花畑の兄弟ケンカから、それなりに時間帯が経ちました。
私はディーやダムと、また親密につきあうようになっていました。
『ディー』には悲しい思いをさせたので、二人平等に接するようにしています。
といっても、入れ替わりには100%気づけてるわけではないので、もうどっちが
どっちだか私にも、混乱気味ですが。
でもって、ケンカになったら、すぐに力ずくの制裁……もとい、さまざまな手法で
二人を黙らせます。うふふ。おかげで二人のケンカを見る機会も減りました。
双子の間でも何らかの話し合いが成立したようで、二人はまた仲良し兄弟です。
やれやれ。『お姉さん』も大変ですね。
そして……前以上に双子が会いにくるようになりました。
それはもう凄まじい頻度で。
『おはようからおやすみ』までどころか『おやすみからおはよう』まで一緒です。
さっきのように、門の前にお仕事に行きますが、隙を見ては帰ってきます。
児童労働にも、彼らの仕事にも賛成出来かねる私は、そこらへんは咎められず、結果
として、双子はますます私に懐いてしまうのでした。

…………

『お姉さん〜』
そして、宵の今も可愛くまとわりついてくる子たち。
それにしても、今は何だかいつもと違うような……。

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