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■双子の恋・上

説明するとあまりにまぎらわしいので、言葉にしなかったのですが。
私が今、頬を撫でた『ダム』は、今、『ディー』になっています。

つまりまあ……『入れ替わりに気づくきっかけとなった、最初にケガしたダム』が
その夜に『ディー』に入れ替わってしまい、しばらくそのままだったのが、さっき
また『ダム』に戻り、今は再び『ディー』になっていたのです。
入れ替わりに気づかない路線を堅持するなら、『現在のダム』の頬を撫でなければ
ならなかったのであり……あああああ!言葉にするとややこしすぎる!
つまり!一言で言うなら『違う方を撫でちゃった☆』です!以上!

とにかく私は大慌てでもう一人の頬をゴシゴシこするけど、双子は鋭かったです。
ひくーい声で、
「お姉さん。お姉さんは優しいから、ケガした方の兄弟を間違えないよね」
ううう、双子の傷に神経質になりすぎたのが、アダになりました。

「お姉さん……僕らが入れ替わってることに気づいてるでしょう?」

ああ、ばれちゃいました……。
まあ二回も入れ替わりに気づいてしまえば、言い訳はつかないですか。
私は不承不承、うなずきました。

そしてずいぶんと長い沈黙。お、怒った?斬られちゃいますか?
「お姉さん……だとすると……」
ま、ま、マフィアのお屋敷の門番。頭の回転は実は鈍くないご様子です。
さらなる追撃が待っていました。

「最近、ずっとそばにいてくれたのって、僕らに入れ替わらせないため?」

ああああああ!私の馬鹿馬鹿馬鹿!しゃべって適当にごまかすことも出来やしない。
子どもの秘密の遊びを守ってやれないし、余計なおせっかいをして恩着せがましい
ですし!最低!超最低!
……と、例によって無表情のまま、心の内のみで悶えていますが、結局のところ、
一切表には出せず。

私は無表情に、二人にうなずきました。

怒った?怒りました?ねえ怒った?ドキドキガクガクブルブル。

『…………』

あれ?夕焼けのせいでしょうか?
私を見る二人の顔が、何だか赤くなったような。

そしてディーとダムは何も言わない。やはり頬が赤く見えます。
ああ、バレて恥ずかしいんですね!
そして私も、もちろん何も言えませんです。

私たちは夕暮れの庭園で、ただ静かに見つめ合っておりました。

…………

…………

寝る。ひたすらに寝る。帽子屋屋敷で私は寝ます。
もう双子にまとわりついてはいません。部屋にも泊まりません。
双子の傷が戻り、双子の監視というお役目も終え、私は一人で寝るのです。

「……お嬢さん。廊下のど真ん中で寝るのは止めなさい。
体調不良で行き倒れているようにしか見えないぞ」

声が聞こえ、パチッと目を開ける。これはこれはボス!
真上に、整った顔立ちのブラッドさんがおりました。
「おはよう、お嬢さん。実に愛らしい寝顔だが、その愛くるしい肢体を晒すのは、
ベッドの上だけにした方がいい」
ちゃんとベッドで寝ろ、と言われてるだけなのでしょうが……どうもこう、セクハラ
センサーが作動するんですよね。
「最近、君がところかまわず眠りすぎると、部下たちが嘆いていた。外部の者に
見られたら『帽子屋屋敷は、余所者に寝室も与えない』とウワサになりかねない。
さすがに、それは私としても心苦しいものだが」
お言葉、ごもっとも。
とりあえず私は廊下のど真ん中から起き上がり、ブラッドさんに頭を下げます。
そうして失礼な行為をお詫びいたしまして。
廊下の端に行き、そこに丸まって目を閉じ……
「だから、廊下で寝る行為そのものを止めなさい。悪戯をされてしまうよ?」
ブーツの先で脇腹をつつかれました!
私はバッと起き上がり、壁ぎわまで下がってブラッドさんから距離を取る。
ブラッドさんはニヤニヤ笑い、
「おや、私が悪戯をするとは一言も言っていないだろう?
それとも、悪戯されたいのかな?私なら君のその儚げな顔を悦楽に溶かし……」
とりあえず指をポキポキならし牽制しました。
が、ブラッドさんは笑っただけでしたが。


廊下をブラッドさんと並んで歩きます。
部屋に帰って寝ようかと思ったのですが『廊下で寝るヒマがあるのならお茶会に
つきあいなさい』と腕を引っ張られ、連行されました。
そういえば、さんざんお茶会の誘いを頂いておきながら、実はまだ一度も出席していないのです。

ブラッドさんは楽しそうに仰います。
「面白いお嬢さんだ。無口で表情も少ないが、無感情なわけではない。
ちゃんと意思表示をしてくれるし、情も深いと評判だ。
門番たちがすっかり懐いてしまったのも、よく分かる」
『情が深い』というのは、双子の面倒を見ていたせいでしょうか。
まあ悪い評判ではないからいいですが。それにしても、ブラッドさんは私のことや
双子のことをよくご存じらしい。見ていないようで、さすがは組織のボスですね。
……えーと、評価しますから、腰に手を回すの止めていただけますか?
「だが、最近はその門番たちと、共に過ごすことが減ったようだな」
それにはうなずいて肯定します。
さっきも思いましたが、ディーやダムとは最近会ってません。
会う必要がなくなり、私が近づかなくなったこともあります。

……ですが、実は双子からも避けられているようなのです。

そう。廊下でバッタリ会うと、背を向けて走っていきます。前と違い、向こうから
部屋に遊びに来ることもなくなりました。
寂しいですが、仕方ないことです。
いくら好意とはいえ、四六時中べったりされ監視され、お気に入りの遊びまで邪魔
されては、嫌われたに違いありません。
多分、嫌われたまま、もう関わることもないでしょうね。

するとブラッドさんが言いました。
「そう暗い顔をするな。それは君の杞憂だ」
杞憂……余計な心配って意味でしたっけ。い、いえ、そうじゃない!
考えを読んだようにブラッドさんが言ったので、私は驚いて顔を上げました。
すると底しれない碧の瞳が、平凡な少女をうつしていました。

「この世界の人間は『余所者』に惹かれる。
君が見ていてくれることを、嬉しく思わない者はないさ」

……夢の中の変な人も、似たようなことを言ってましたっけ。
どうも私自身のことを『余所者』と指すらしいのですが、当の自分が余所者なので、
何もせず好かれる、というのがピンと来ませんです。
「君の世界でもそうだったのではないか?
誰だって自分を真剣に見、気にかけてくれる他者には好意を抱くものだ」
まるで、ナイトメアさんよりブラッドさんの方が、人の心を読めるようです。
とはいえ、そう言われても記憶喪失ですしねえ……全くピンと来ないです。
それとも……私にはいなかったのかもしれません。
私を真剣に見て、気にかけてくれる相手なんて。
と、暗い方向に思考を巡らせていると。

「おや、ウワサをすれば、だな。カイ」
ブラッドさんが廊下の曲がり角の前で止まり、私も従いました。
角の向こうには、双子の後ろ姿が見えました。あとエリオットさんも。
……なんでしょう。二人の背中。ずいぶん元気がないような。
心配で一歩踏み出しかけた私の肩をブラッドさんが抑えました。
そして向こうから声が聞こえました。
どうやらお説教中のようです。

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