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■入れ替わりは許しません

――……また入れ替わってますね。

ずっと見張ってたつもりなんですが、また早業な。
つまり『ディーになっていたダム』がまた『元のダム』に戻っているのです。
あああ、ややこしい。しかし、間違いはないでしょう。

ええ、ええ。四六時中貼りつき、毎時間帯のように双子を観察しつづけ、どうにか
こうにか差異は見えてきました。といっても、ごく軽微なものです。
例えば『休憩』『報酬』という単語に対するわずかな反応の違い、斧術のクセと銃の
使い方のクセ、足の運び方。人を斬るときの表情と……各々のこだわりの始末法。
……何つうかこう、人間的な『見分け』というより機械的な『区別』に近いです。
『本当のディーはどういう子』『本当のダムはどういう子』という暖かみある判別
には、とても至りません。
『見分けがついた』と言うより『入れ替わりが発生したか分かるようになった』と
表現する方が正しいっす。

結局、私は未だに双子の見分けがつきませんです。

それくらい、双子の入れ替わり方は天才的で、この遊びに密かな情熱を注いでいる
ことが分かります……おまえら、その才能を別方面に使いなさいよ。
とりあえず、私はふところから救急バッグを出し、薬品と包帯を出す。
そしてニコニコしてるディーとダムに……
『え……お姉さん?』
戸惑ったような顔で、私を見る二人。
お姉さん、入れ替わりはお見通しですのよ。小さな傷が自然治癒でふさがってたのが
せめてもの救いですが、一番大きな傷を強引に隠したのは許せません。
「わっ!」
私は戸惑ってる『ディー』を引き倒し、押さえつけます。
そして一見『何もない』皮膚の上に、ボトルに入った生理食塩水をドバッ!
「う、うわ!冷たい……痛いから止めてよ、お姉さん!」
「あ、兄弟……」
『ダム』がしまった!、と言いたげな声。
「……っ!」
『ディー』もハッとした顔ですね。
ですよね。私が洗浄用の生理食塩水をかけたのは『何もない』場所。
本当に何もないのなら、水をかけられて『痛い』と言うはずがないんです。
その間も私はゴシゴシと洗い……ほーら、傷口が見えてきた。
『あ……』
双子は『バレた』とショックを受けた顔です。
このまま遊びにつきあってあげたかったんですけどね。
私は『お姉さん』ですから。
薬品をたっぷり塗ってあげるから覚悟なさい。
「あ、あの、お姉さん……」
「き、気づいたの……?」
私は一切表情を変えず、患部に……消毒薬の瓶をぶちまけました。
そしてたいそうな悲鳴が、帽子屋屋敷の門に響きましたとさ。

…………

空は夕刻、帽子屋屋敷の門の前には私一人。
足下には双子がへたばっております。
ひたすら困惑したように私を見上げ、でも声はかけてきません。
さすがに気まずいのかもしれませんね。
私は腕組みし、満足感にあふれ風にふかれておりました。

『取り替えた傷』を容赦なくあばき、洗浄し、消毒液をぶちまけ、薬をすりこむ。
逃げ回り、質問をぶつけまくる双子を抑えて。
いやあ、子育てとは大変なものです。
とはいえ、これでしばらくは入れ替わろうという気を起こさないでしょう。
けれど、奮闘して、私も疲れてきました。
ここのところ、ずっと外にいて疲労もたまってますし。
そして私は腕組みをし、門にもたれ、目を閉じ……

…………

「お姉さん、お姉さん。起きて」
誰かが肩を揺さぶってます。ディーの声です。
身体に感じる風の冷たさ。時間帯はまだ夕暮れのようでした。
「もう屋敷に戻ろうよ。風でお姉さんが寝込んじゃうよ」
ダムの声がします。手を引っ張って私を起こそうとしてるようです。
いえ、どれだけひ弱ですか、私。
でも確かに風は冷たい。私はディーとダムにうながされるまま目を開け……。
私の目が見ひらかれます。
双子はどちらも、包帯やバンソウコウをしてません!
しかし傷口は全てきれいになってます!
私の驚きの顔に気づいたようで、双子は得意そうに胸を張る。

「さっき、傷が元に戻ったんだ」
「お姉さんのおかげで早く戻ったんだよ」

こ、こ、この……!人の努力を無に!!不思議の国め!!
表情を変えず、ぶつけようのない怒りに燃えました。
が、私の怒りの原因は他にもありました。

……こいつら、また入れ替わってやがります!

包帯やバンソウコウを取るついでだったのでしょう。またしても、何という早業。
お得意の遊びがネタバレしていると分かって、覚めると思ったんですが。
そして『分かる?』と言いたげに私をチラチラ見てます。
――まあ、いいですか。
傷が治ったのなら、もはやストーカーする意味はありません。
このままシラを切れば、二人も入れ替わりごっこを楽しく続けられるでしょう。
「お姉さん?」
「一緒に行こうよ!」
双子はいろんな意味で、私の反応を子細に観察している。
――傷が治ったのなら、あなたたちの遊びに興味はありませんよ。
さっさと夕暮れの庭園を歩き出しますと、双子もついてくる。
チラッと後ろをうかがうと互いに、嬉しそうに目配せする気配。『バレてないね』
『あれはきっとマグレだったんだね』という意味が多分にこめられているような。
……フ。策士策に溺れるとはこのことよ。
と、一人優越感に浸っておりますと、
『お姉さん!』
上機嫌で両の手をこちらの腕にからませて。連行されていく気分です。
まったく、人を振り回すわ、入れ替わるわ。
――でも良かった。元気な二人がもっと元気になって。
嬉しくて、つい微笑んでしまう。双子もニコニコしてる。
――もう治ったけど、この頬の傷がきっかけだったんですよね……。
と私はダムの頬、傷のあったあたりをそっと撫でました。
すると、ハッとしたような声が、
「お姉さん?そこを斬ったのは、そっちの兄弟じゃないよ?」
と双子のもう一人から声がかかる。

……あ、ヤバい。

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