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■泣きました

すぅ……すぅ……。

すやすや眠っていると、肘で肘をつかれました。
「お姉さん、お姉さん。さすがにもう少し起きていようよ」
ダムの声です。
――はっ!!
バチッと目を開けると、そこはダイヤの形をしたガラスの器の並ぶ、
測量会の会場でした。
私は座席の二列目で、双子の真ん中に座ってます。
で、ディーの方にもたれ、爆睡していたようでした。
「それにお姉さん、どうせもたれるなら僕にもたれてよ」
反対側からダムが不満そう。
「……開催宣言から何分も経ってねえだろう、カイ」
最前列からエリオットさんが振り返り、呆れたような声。
「いいではないか。測量会など退屈きわまりないものだ」
ブラッドさんは私を楽しそうに見ます。
え、ええ。砂が落ちるのを見るのは確かに暇で……。

測量会、というのは各領土の地勢だの人口だのを競い合うものでした。
で、各領土の数値は目の前の、巨大なダイヤの器に入っている砂にて換算。
……仕掛けは大がかりなのですが、大半の時間は砂が落ちるのを見てるだけ。
賭けごとの対象とあって、熱狂してる人もいますが、やはり退屈そうな
人がちらほら見受けられ、席を立っている人までいます。
――私も……本当に眠いです……。
「そうそう。お姉さん。僕にもたれてね」
ダムの嬉しそうな声。
今度はダムの方にもたれてしまったみたいです。
肩を優しく抱かれ、温かさも加わってさらにウトウト。
「兄弟!ずるいぞ!」
「何がずるいんだよ。さっき兄弟の番だったんだからいいだろ!」
うう、眠たいのに、二人が私を争って……。
「おまえら、いい加減にしろよ。ベッドの中みたいに仲良く分け合えって!」
会場全体に響くような大声。
「っ!!」
エリオットさんのセクハラ発言(恐らく悪意無し)を聞き、私はガバッと
起き上がります。
「〜〜〜〜っ!!」
顔から火が出る思いで周囲をうかがうと、9割のスルー派と1割の
ニヤニヤ派に盛大に分かれておりました。
ちなみにエース君はニヤニヤ派のようで。
ナイトメア君は首をかしげてボリスさんを見、
『あ、えーとさ、その、三人で寝るからベッドが狭いんだよ……』とか
ボリスさんにいらぬ気遣いをさせていました。
――あー、引っ越したいですねえ……。
ディーにもダムにももたれることが出来ず、私は空を見上げ、
拷問のごとき時間に耐えます。すると、
「あらあら。お客様を退屈させて申し訳ありません。
そろそろガーデンパーティのしたくも整いましたでしょう。
よろしければ三人で出かけてみては?」
クリスタ様から天の助けが!!
「あ、お姉さん!」
「カイ、待ってよ!!」
後ろの二人を無視し、私は会場の外へ走って行きました。

そのときは気づきませんでした。
二人の声に、少しずつイライラが混じり始めていたことに。

…………

ガーデンパーティの会場には人があふれていました。
私は盛りつけ用のお皿を手に、ワクワクとテーブルを回ります。
――生ハムにチーズ盛り合わせに……えーと……これ、何でしょう?
「お姉さん、こっちがトマトとアンチョビのサラダ、牛の赤ワイン煮込み。
魚介のパエーリャと、クレーム・ブリュレ、ティラミス」
か、解説なんていりませんから、ディー!
「カイお姉さん、ドリンクはどうする?ワイン?カクテル?」
子供がお酒を飲まないで下さい、ダム。
「あ、お姉さん。待ってよ」
「何か欲しいもの、ある?探してきてあげる!」
――しかし、どう仲直りしたものですか……。
私はついてくる二人を無視するようにテーブルを周り、考えます。
「ねえってば!」
「カイお姉さん!!」
まあ測量会で仲直りする気なのは、二人も知っているでしょう。
だから私が振り返ってニッコリ笑えば全て終わりなんでしょうが。
――何て言うか、こう……。
少し時間を置きたいというか。
もう少し二人に待って欲しいというか。
ちょっと心がモゾモゾします。

「お姉さん!」
うわっ!肩をつかまれたため、危うくお皿を落とすところでした!

――危ないでしょう、ディー!
慌てて近くのテーブルにお皿を置き、二人を振り返ります。

「ねえ、カイ!僕ら、こういうの嫌なんだ!」
ダムの真剣な声に突き当たりました。

測量会の最中のガーデンパーティー。
本来にぎやかであるべき場所の一角が、シーンとしています。
ディーとダムが、周囲に人がいるのに構わず私に詰めよります。
「カイお姉さん!言いたいことがあったらハッキリと僕らに言って!」
「僕ら物覚えのいい子供だから、言われたことは直すようにするよ!」
――ちょ、ちょっと二人とも!声が大きいですよ!
……どうやら私の無口と無視にキレたようです。
こういう事はたまにありますが、でもこんなときに爆発しなくても……。
「おまえたちうるさいぞ。痴話喧嘩なら別の場所でやれ!」
ユリウスさんがうっとうしそうに怒鳴ってきます。
「うるさいな時計屋!」
「僕らはお姉さんと大事な話をしてるんだよ!!」
二人はさらに大きな声で怒鳴り返し、再び私に向き直ります。
ギャラリーも増え、(多分)ウワサのこともあり、私は珍獣状態です。
双子は、周りを視線と斧で牽制(けんせい)しつつ、私に聞いてきます。
「お姉さん、教えてよ!どうすれば許してくれるの!?」
「どうしたらもっと好きになってもらえるの?僕ら、何でもするから!」
――ええと、その……あの……。
困りはてて周囲を見るけど、エリオットさんもブラッドさんも測量会の
会場に留まっています。助けてくれそうな人はいません。
なら自分で何とかしないと。二人をここから引き離し、別の場所に移動して
話し合うなり何なりして……。
「カイお姉さん!僕らはここで聞きたい!」
「いつもそうやって逃げてばかりじゃないか!」
「ちゃんと目を見て話して!」
「僕らお姉さんの言うことは何でも聞くから!」
退路を断って、より強く迫ってくる二人。
――その……あの……。
でもこんな状況で好きとか、こうしてほしいとかなんて、言えるわけ……。
どうしてほしいのか、どうしたいのかも頭が真っ白になり、分からなくなります。
久々の自己嫌悪と恥ずかしさ、申し訳無さで、この場から消えてしまいたかった。

『あ……っ!』

そしてなぜか二人の顔に、『しまった!』という表情が浮かびます。
「はいはい、ごめんね。ちょっとどいてどいて〜」
同時に、ギャラリーを割って、ピンクの猫が現れました。
「はいはい、ストップストップ。ディーもダムも落ち着けよ」
ダイヤの国のボリスさんでした。
彼は、蒼白な顔で私を見るディーとダムの肩に手をかけ、
「あのさ、ちょっと場所を変えて話し合ったら?
さらし者にされて、彼女も可哀想だよ?」
――可哀想?
そんなはずはないです。無口で言いたいことも言えない私に原因があるんだから。
「えーと、カイ。何か拭くもの……ハンカチとか持ってる?」
ボリスさんは気の毒そうに私にいいます。
――ハンカチ……?
そういえばさっきから視界が何だかボヤケてるような……。
そこでハッと、自分がポロポロ泣いていることに気づきました。
――〜〜〜〜っ!!
あ、ありえないです。
いつも逃げてて、困ったら泣くとか、そんな……!

――もう、耐えられない!

『カイお姉さん!!』

流れる涙を抑える余裕さえなく、人ごみを強引に割って、パーティー会場の外に
走っていきました。

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