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■ダイヤの城にお泊まり

吐く息が白いです。
――……きれいですねえ。
『その光景』に、私カイは、ただただ圧倒されます。
美しい。本当に美しい光景が私の周囲に広がっています。
そして……身体を貫く寒さです。
繰り返し言いますが、吐く息は白。室温は間違いなく氷点下でしょう。
しかし、夜の森でディーとダムに上着をやったため、現在の私は薄着です。
「ねえ?美しいでしょう?わたくしの自慢のコレクションですのよ!」
私の寒さなど気にもとめない様子で、目の前の女性は微笑みます。
コレクション。
そこは氷の彫像コレクションをおさめた部屋でした。
コレクションの制作者らしい彼女は、私に微笑みます。
氷の世界で、ダイヤモンドダストのごとく美しく。
――……うーん、比喩がイマイチですかね。
雪の結晶のごとく……いやいや、ブリザードのごとく……。
――だ、ダメです。考えるほど頭がはたらかなくなります。
寒さで、頭の芯までかじかんでるんですかね。
なにせ周囲は一面の銀世界ですし。
……しかし、なぜこんなことになっているのでしょう。

確か私は、ダイヤの城に招かれたのです。
黒ウサギのシドニーに警戒されつつ、可愛らしい女王様に案内されて。
私が帽子屋ファミリーの者だということは、すでにバレています。
私の身柄は安全なようですが、招かれるのは『城』。
うっかり不作法を晒して、ファミリーの名を貶めでもしたら、お世話に
なっているブラッドさんに何とお詫びすれば良いのやら!
ダイヤの城に案内されながら、ずっと緊張でドキドキしていて、クリスタの
言葉など、上の空で聞いていました。
……そして、気がつくと氷の彫刻の空間に案内されていました。
可愛いクリスタはいつの間にかいなくなり、代わりによく似た顔立ちの、
とんでもない美女が、私の手を引いていたのです。
彼女に案内され、私は氷の彫像を鑑賞中です。
えーと、可愛いクリスタはどこ?
「さあさあ、次のコレクションに参りましょう!
凍らせるのに苦労しましたのよ!」
私の内面を知りもせず、意気揚々と先を行くお姉様。
……『凍らせるのに苦労した』……?
「さっさと歩きなさい。本当に余所者は鈍重ですね」
ぼーっとしている私の横を、さっさと通り過ぎていくシドニー。
彼もまたぬくぬく黒コートを着ております。
……何で私だけコート無し?
ふうふうと手に息を吹きかけながら、私は二人についていきました。
――もうすぐ、終わりですよね……?
終わったら温かいお茶でもいただけないかと、私は夢見るのでした。

…………

コレクション鑑賞は終わりません。
「あちらの虹色の鳥は、七千時間帯かに一匹しか――」
コートのお姉様の声も、遠くで聞こえるようです。
――寒い……寒い……。
私はガクガクと震えますが、この場にいるお二人からの気遣いはゼロ。
いい加減、唇の色がヤバイ気がします。
さっきから手先足先の感覚もございません。
――こ、この世界、凍傷なんてないですよね!?
無いに決まってます!そんな非情な現実!
「目玉は、こちらですわ……!この、ドラゴン!」
ほーら!ここ、不思議の国だもの!ファンタジーだもの!
ブルブルと身を震わせながら、さらに氷の世界を歩いて行きます。
しかしその足下も、次第におぼつかなくなってきました。
「他の目玉展示品に移りましょう……!こちらです!!」
素直に『寒い!』『出たい!』と言えればいいのですが、私は無口。
それ以前に、もはや喉を動かす元気もありませんで。
――寒い寒い寒い寒い寒い寒い……。
もう手足どころか心臓近くまで凍っている気が……。
「カイ!早く早く!!
「ああもう、本当に余所者は愚図ですね!」
氷の向こうからは謎の女性の声と、苛立った風に舌打ちするシドニー。
ああ……何だか全てが美しすぎて……寒すぎて……。
――ディー、ダム……たす……け……。
私はバッタリと倒れました。

…………

…………

「ん……」
目を開けると、何やら温かいものに包まれている気がしました。
私はベッドに寝ているみたいです。
窓辺にはレースのカーテン。その向こうから木もれ日がキラキラと。
『お姉さん……』
私の両隣から声がします。寝ている私の両隣に恋人たちがいます。
片方に抱きしめられ、もう片方からは腕枕。
あれ、おかしいですね。確か私はダイヤの城の氷の間で倒れて……。
――ああ、これ、夢ですか。
夢と自覚する夢というやつです。
とはいえデタラメな夢では無く、以前にあったことの夢です。
ささやかだけど大切な、私たちのありふれた日常の記憶。
「ディー、ダム」
微笑んで、記憶の中の二人に呼びかけると、
「ん……」
「ん〜……」
両側から裸の腕に強く抱き寄せられます。
……空気を読んだがために墓穴を掘りました。身じろぎ出来ませんって。
下着姿のまま、脱出しようとモゾモゾしてると、二人がピクッと動く気配。
どうやら起きたようです。
「ん……お姉さん?」
「カイ……何してるの?」
やや寝ぼけた声ながら、私を抱きしめる手は二人ともそのままです。
「いえ、あの、そろそろお仕事の時間帯ですので……」
さらにモゾモゾしておりますと、
「もう少し寝てようよ、お姉さん。仕事なんてどうでもいいよ」
「いえ、ディー。そういうワケには……」
「疲れてるでしょう?僕らともう少し休んでいようよ」
「……ダム。そういえば、あなた方の休憩時間だって、とうに――」
最後まで言う前に、ダムの方に抱き寄せられ、キスされました。
「ん……んむっ……!」
――コラ!ごまかさないで下さい!仕事!仕事っ!!
ダムの裸の胸に抱きしめられながら、ジタバタしておりますと、
「あー!兄弟、ズルイ!次は僕だからね!」
ディーが背後から、私の身体を引っ張りながら言います。
ああ、二人に取り合われる罪な私!
――とかふざけてる場合じゃ無いです!どこを触ってるんですか!!
ディーの手が私の腰のあたりを這い回り出してきました。
ダムの手もさりげなーく私の下着の肩紐を落としてきます。
「ふ、二人とも、お仕事が……」
何とかキスをふりほどき、暴れますが……
「お姉さん、仕事と僕らとどっちが大切なの?」
「ちょっとディー、そんな定番な……」
「僕らを弄んで、意地悪なお姉さん。たっぷりお仕置きしなきゃね」
「ダム!私は別に弄んでなんか……」
下着の中に手を入れようとするダムに、身をよじって抵抗していると、
「いいよ。お姉さんに弄ばれるなら大歓迎、いくらでも遊ばれてあげる」
「ただし、僕らにだけだからね。他の奴を弄んだら……」
さらに反論を重ねようとしましたが、
「カイ……」
「大好き……」
下着を一気に引き下ろされ、女の子の大事な箇所に手を触れられ。
……ハイ、大人の時間帯開始。

そして、私はガバッと目を開けました。

「――!?」
ダイヤの城の客室でした。もちろん双子はいません。
「…………」
――何という夢を見てるんですか!
お布団の上でハーッと息を吐きます。夢と分かっていたけど、こうして
目覚めて、ホッとしたようなガッカリしたような……。
……欲求不満なんでしょうか、自分。頭を抱えていると、
「本当に余所者は弱いよね。あの程度の寒さで倒れるなんて」
――え?
ベッドのかたわら。そこに、私を撃とうとしたシドニーが立っていました。
腕組みして壁にもたれています。でも私と目が合うとチッと舌打ちし、
「メイドは頻繁に外の廊下を行き来しているので、好きに使えばいい。
適当に陛下の相手をして、さっさと帰ってくれ、迷惑だよ」
どうやら客の私に、基本的なことを説明してくれてるようです。
「……以上だ。質問は?無いね。それでは、二度と会わないことを祈るよ」
ほぼ一息で仰いますと、私の返事を待たず、クルッと私に背を向け、
カツカツと靴音を立て部屋の扉へ。
一度も振り返ること無く、扉を開けて出て行ってしまいました。
「…………」
そして残された私は首をかしげます。
はてさて。あのシドニー氏、とても冷たそうな方です。
しかし、何だって私が目覚めたタイミングで部屋にいたのか。
まさか、私が起きるまで、ずっとそばに……?
――いえいえいえ。ンな馬鹿な。
首を振って、ベッドに戻ります。

――ディーとダムの夢が見られますように……。

そっと祈り、目を閉じて眠りにつきました。

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