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■危なっかしい子たち

私は何度も何度も頭を下げ、厨房を後にしました。
「いつでも遊びに来て下さいね〜」
「お嬢さま〜これくらい、俺たちに遠慮しなくていいんですよ〜」
メイドさんたちは、わざわざ厨房の出口まで見送って下さいました。
忙しい時間帯を邪魔したのに、最後まで嫌な顔一つされませんでした。
……もしかして本当に、心から、私の来訪を歓迎してくださったんでしょうか?
だとすれば『余所者』パワーのすごさが、逆に怖いくらいです。

そして去る私の両手には、大きなお皿。
どっさりと山のように、焼きたてクッキーが盛られています。
バタークッキーにチョコチップ、アーモンドにカシューナッツ、マカデミアン、
クリームサンドに各種果物ピール、ジンジャー、チュイール、スノーボール……
と、小さい店でも開けそうな種類と量でございます。甘い匂いでむせそう。
しかし私は敗北感いっぱいで、来た道を戻っていきました。
そして。

「あ、カイお姉さん!!さっきから探してたんだよ!!」
「やっとお姉さんに会えた〜!迷子になっちゃダメだよ〜!」

はしゃぎながら、一目散に駆け寄ってくる子どもたち。
何か目的があるわけでなく、ただ私に会いに来ただけのようです。
そして子どもは甘い物を、目ざとく見つけるものです。
「あ、クッキーだ!ウサギ用じゃないクッキーだよ、兄弟!」
「本当だ。ウサギ用じゃないクッキーだね。お姉さん、もらっていい?」
言いながら手をのばしてくる双子に、私は苦笑してうなずきました。
……ウサギ用?

最近、この双子はとにかく私に会いに来る。向こうから勝手に会いに来る。
私も二人に慣れてきて、三人一緒にいる時間は、誰よりも長くなりました。
といっても遊びに行くほど、体力が回復したわけでなし。
たいていは私の客室で二人がしゃべりまくり、私は笑顔で聞いて過ごすだけですが。
――しかし立ち食いは良くないですねえ。
と思いつつ双子にクッキーをつまませていると、
「あ、これじゃ、お姉さんが食べられないよ!」
ハッとした顔でディーが叫びました。
「ああっ!そうだよ!カイお姉さんにお皿を持たせたままだよ!」
ダムも愕然とした顔で(クッキーを食べながら)スローな感じで言います。
まあ、お皿のクッキーが半分ほど消費された後のことですが。
「ごめんね、ごめんね、お姉さん!!」
「僕がお皿を持つよ!渡して渡して!」
と二人が左右両方から手を出してくるけど、
――でも、どちらかに持たせたら、今度はその子が食べられないのでは?
と、内心困りつつ何となく、手を伸ばしてくる双子を見ていると、

――ん?

一瞬だけど、双子に何か違和感を抱きました。
何がどう、具体的に言葉に出来ないけど、何か違和感が。
――あれ?この子たち、この前は……。
「渡してよ、お姉さん!」
「僕が持つから!」
首をかしげていると、左右から手を伸ばしてくる双子たち。それで違和感がどこかに
行っちゃいました。

さて、どうしたものでしょうか。
これではどちらかが不公平なことになりますし、そもそも廊下のど真ん中でクッキー
立ち食いはマナー的にもよろしくありません。
私は二人のどちらにもお皿を渡さず、歩き出しました。
「あ、お姉さん!待ってよ」
「ごめんなさい、怒らないで!!」
怒ってませんよと思いつつ、私は自分の部屋へ進みます。
すると鋭い双子は、ピンと来たようです。走って私の前に回り、
「そっか、立ってると疲れるもんね!」
「カイお姉さん!近くに僕らの部屋があるんだ!寄ってってよ!!」
意気揚々と案内する二人に続き、私も歩いて行きました。

…………

そして双子の部屋に初訪問です。
「いらっしゃい、カイお姉さん!ここが僕らの部屋だよ!」
私を案内したディーは得意げでした。
「どう?カッコイイ?カッコイイでしょ?」
ソファに引っ張りながらダムも笑う。
……刃物だらけですねえ。
他はノーコメント。男の子の部屋にケチをつけるまい。

ともかく私はソファに座らされ、テーブルにやっとお皿を置くことが出来ました。
やれやれ。つい最近まで病床だった身には、とんだ運動でしたね。
やった。最後のスノーボールが残ってました。
肩をほぐしつつ、クッキーに手を伸ばそうとすると、
「お姉さん!この間は見せられなかったコレクション、全部見せてあげる!」
「これとね、これとね!あとこれも!!」
左右に双子が座り、争うように(恐らく二人ご自慢の)刃物を見せてくる。
……危なくてクッキーが取れませんし。
過去のことにしてあげたいトラウマも喚起され、軽く凍りつく私。
何だってこっち方面ではカケラも気遣いが出来ませんか、ガキどもが!
「すっごく切れ味がいいんだよ!」
「何か斬ってあげようか、何がいいかな〜」
クッキーを食べる気も失せ、私は膝に手を戻し、ため息をつきました。
そしてディーが名案を思いついた、というように、
「そうだ!お姉さんもこの刃物の切れ味を知りたいよね!――いたっ!!」
頭を押さえるディー。ええ。私がディーの頭に、容赦なくこぶしを落としました。
メッタ斬りにされた私にも限界がありましてよ。
「うわ!お、お姉さん!?」
思わぬ行動に出た私に、ダムは若干慌てたようだった。
刃物を乱暴に扱っていた手が――あ、ちょっと危な――!

「痛っ……あー、ドジっちゃった」

ダムの刃が、彼の頬を軽く傷つけていた。
といっても、何針というほど大げさな裂傷ではない。
ほんのうっすらと赤がにじむ程度。

「馬鹿だな、兄弟。もう少し深く斬れば、お姉さんに刃物の凄さを見せられたのに」
私に殴られたディーは、ダムの心配をする様子もなく大笑い。
「カイお姉さんの前でみっともない姿を見せちゃったね、兄弟〜」
怒るべきなんだろうけど、当のダム自身が笑ってる。
――はあ。本当に危なっかしい子たちですねえ。
私は呆れてため息をつきました。

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