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■ダイヤの城へ・下

ダイヤの城は、白と黄の薔薇が咲き誇る美しい場所でした。
――きれいですねえ。
迷路状の庭園に見とれていると、くすくす笑う声がします。
前を歩くクリスタです。
「気に入っていただけました?自慢の薔薇園ですのよ」
髪をなびかせ、微笑むダイヤの女王クリスタ。
もうローブは被っておらず、気品ある可愛らしい姿で歩かれます。
「よくシドニーと、ここで鬼ごっこをしますの。とても楽しいんですよ?」
――でしょうね……て、『シドニー』?
聞き慣れない名前が出てきて、首をかしげます。
するとクリスタは気づいたようで、
「ああ、シドニーというのは私のウサギさんですの。とてもうるさくて――」

「陛下っ!!」

とんでもなく、うるさい声がしました。

「っ!?」
私は子供のクリスタを後ろにかばい、前に出ます。
いえ、何が出来るわけでもないですが、つい反射で……。
――いえ、それよりも隠れた方が良かったのでは?
と思ったけど隠れる間もなく、バタバタと複数の大人の走る音がし、
「陛下!」
――……黒ウサギ?
まさしくウサギが現れました。黒いです
耳があります。垂れてます。かわゆいです。そのうち触らせて下さい。
大変に端整な顔立ちをされています。片眼鏡――モノクルをつけていました。
「……?何ですか、君は」
黒ウサギさんは私を見、不快そうに眉をひそめます。
彼の後ろに続く黄と白の制服を着た兵士さんたちも、私に向けて武器を
構えました。
――え、ええと、私は……。
相変わらず声は出ません。初対面の方は緊張します。
いえ、それ以前に生命の危機も感じますし。
「シドニー、大丈夫です。この方はお客様ですわ」
すると私の服のすそを握り、クリスタがニッコリと笑います。
そのクリスタを目にした『シドニー』さん。キッとクリスタに、
「陛下!どこに行かれていたのです!
兵士やメイドを総動員してお探しいたしました!
さあ、一刻も早く、仕事にお戻り下さい!」
私なんか目もくれない感じで、クリスタに詰めよります。すると、
「いやですわ。せっかく余所者さんを連れてきたんですもの。
この方と遊びたいです」
叱られてもこたえた様子はなく、私にしがみつきます。
可愛い子にしがみつかれるのは嬉しいけど、この場合はちょっと困ります。
「余所者……?」
すると私をジロッと睨んだシドニーさん。突然、声を低くし、
「陛下。この者から離れて下さい!」
――!?
いきなり銃をつきつけられました。
シドニーさん、瞳に冷気をたたえ、私をにらんでいます!
するとクリスタは私の前に出て、
「シドニー!わたくしのお客様を撃ったら許しませんよ!」
――うう、女王様ぁー!
さっきと逆に、私が小さい彼女の背に隠れるように縮こまります。
「まだ余所者さんのお名前を聞いてません。
ここでお別れになったら、名前が気がかりで気持ち悪いです!」
……うん。どうでもいいことがヤケに気になるってありますよね。
「彼女はカイ。余所者で、大変な危険人物です」
――え?
シドニーさんがいきなり私の名前を言ってきたので驚きました。
そして『大変な危険人物』?
思わず黒ウサギさんを凝視すると、
「墓守領での騒ぎは、こちらまで伝わってきていますよ。
余所者カイ。帽子屋屋敷に滞在し、門番二人の恋人だと」
「まあ!」
クリスタ、好奇心いっぱいに私を見上げてきます。
……全く知らない人たちに自分のことを知られているって、何だか恥ずかしいです。
「そして恐ろしい性癖を持ち、子供に対して劣情を抱くと――」
――違います違います違いますっ!!
手を大きく振って否定します。
――あ、ああああの双子ーっ!!
あなた方のせいで、私に対するとんでもない誤解がどんどん広がってるじゃ
ないですかっ!!
声に出さぬ絶叫をし、頭を抱えていると、
「陛下に何かあったら一大事です。この危険人物は今すぐ処分いたします」
再度私の頭に銃が突きつけられます。
……どうしましょう。
そりゃこんな世界ですから、まともな終わり方は出来ないと思ってたけど。
――でもこんなラストはごめんですよ!ディー、ダムー!助けて下さいーっ!!
かくして不名誉な誤解により、私がゲームオーバーしようとしたとき。
「シドニー。銃を下ろしなさい」
幼い女王様の、静かな声がしました。

見ると、クリスタは私を見上げ、ニッコリと笑い、
「カイ。街でお会いしたとき、あなたは私のことを心配して下さいました。
シドニーが来たときも、私を守ろうと前に立ってくれたのでしょう?
あなたは危険な方ではありませんわよね?」
――へ、陛下ーっ!!
うんうん!と何度もうなずき、感動で目をうるうるさせます。
それからクリスタはシドニーさんに、
「帽子屋屋敷の者を撃てば、帽子屋ファミリーと大モメになりますよ?
測量会も近いのに、お仕事が増えるなんて、わたくし、嫌ですわ」
……う、うん。ナイス政治的判断。あと『測量会』?何なんでしょう?
「ご命令とあらば」
シドニーさんは渋々銃を下ろしました。
「さ、お城に行きましょう、カイ。
帽子屋ファミリーの方でも、一緒に遊んで下さいますわよね?」
――はい、女王陛下!
私は喜んで微笑みます。するとクリスタは少し背伸びして、私の耳元で、
「襲うのは止めて下さいませね。わたくしたち、知り合ったばかりだし
そういう関係になるのはまだ早いと思います。まずお友達から始めましょう」
……色々ツッコミどころはあるのですが、助けていただいた手前、涙を
こらえて我慢します。
「うふふ。本当に面白い方」
……何となくこのネタで遊ばれてる感ありますし。
「君、陛下に何かしでかしたら、生きてこの城を出られると思わないように!!」
ウワサを真に受けたらしい、真面目な黒ウサギさん。
彼からは完璧に嫌われたっぽいです。
かくして私は好奇と敵意の視線を半々に、ダイヤのお城に招かれました。

カイのお願い。
七度尋ねてから人を疑って下さい。しくしくしく。

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