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■ダイヤの城へ・上

森を抜け、知らない街までたどりつき、私は後ろを振り返りました。
うん。今度こそ誰もついてきていません。
――やっと、二人をまけましたね。
怒りのままに、荷物を置いて走ってきてしまいました。
そして、肩を落とします。
――はあ……恋人たちを殴ってしまいました。
しかも大人(?)が子供に。虐待、もしくはDVでしょうか。
でも子供子供子供とうるさいです!!
私はディーとダムが好きなんですから!!
――ということを、ちゃんと言葉で伝えられたら良かったのに……。
まあお財布は持ってきてますから、街のお宿で発声練習でもしますか。
――とはいえ……。
私は見知らぬ街をキョロキョロと見ます。
落ち着いた雰囲気の街です。目をこらすと、遠くにお城が見えました。
菱形の装飾が散りばめられた、きらびやかなお城です。
――なるほど。あれが、ダイヤの城ですか。
名前に『ダイヤ』とついているだけあって、遠目にも美しいお城です。
――どんな場所なんでしょうか……。
なけなしの好奇心が刺激され、そわそわしてきます。
――いえいえいえ!
どんな場所だろうと、帽子屋領の敵対領土。
それにダイヤの国は物騒な場所と聞いています。
ハートのお城も色々アレだったし、下手な好奇心は危険の元。
――とりあえず、今晩泊まる場所を探しますか。
受付の人と会話せねばならない、というコミュ障には過酷すぎる障害が
待っていますが!それは!置いておいて!
冷や汗をかきつつ、私は大冒険への一歩を踏み出そうとして、
――?
なぜか前に進めません。いえ、誰かにすそをつかまれています。
大人では無く、子供くらいの身長の誰かに。

――はあ。もう追いつかれたなんて……えい!
私は振り向きざま、すそをつかんでいる子供の頭に、デコピン!
「痛いっ!」
――え!?
返ってきた声は、可愛らしい女の子のものでした。
――え?は?
想像もしなかった展開に、一瞬で頭が真っ白になります。
そこにいたのは、フードを被った女の子でした。
私がデコピンした場所を涙目でおさえ、
「痛いですわ!いきなり何をなさいますの?」
――あ、ごめんなさい。そんなに強くしなかったと思うんだけど。
と、とりあえず、慌ててかがみ、額をなでなでしてあげます。
――痛いの痛いの、とんでけー!
するとその子は顔を上げてニッコリ。
「嘘ですわ。あまり痛くありませんでした」
ふふっとイタズラっぽく笑う。う、嘘泣き!?
「あら、本気にしていましたの?あなたは面白い方ですね」
いえいえ、子供に泣かれそうになったら、普通は慌てますから。
――しかし……。
しげしげと見ると、琥珀色の瞳を持った、大変な美少女です。
最初はフード付きローブでよく見えませんでしたが、貴族の令嬢がつけて
いそうな高価な装飾品を、当たり前にまとっています。
雰囲気も清楚で温和、気品を感じました。
――まるで、お忍びで街にやってきた王女様……。
首をかしげていますと、その子は私の頬に手をのばし、微笑みます。
「あなたは余所者ですね。遠くから見て気づきました」
ああ、だから私に接触してきたんですか。
……あれ?私を余所者と見抜いた。そういえば『顔』があるし、そもそも
平民とは思えない服装。ということは……。
「役持ち、ですか?」
あ、子供相手なせいか声が出ました。
何となく頭をなでなですると、その子はくすぐったそうに、
「ええ。わたくしはダイヤの女王で――」
最後まで言わせる前に、慌てて女王様の口を押さえました。
「っ!?」
お話の途中だった少女は驚いたようですが、私は周囲をうかがいつつ、
慌てて少女を、目立たない道のすみに引っ張って行きました。
柱の陰に隠れ、ようやく少女の口をはなしますと、
「無礼ですわ!何をなさいますの!?」
今度は本気の抗議が来ました。私は『危ない』とジェスチャー。
――危険ですよ、女王様。ここは街中だし……。
なのに普通の声で、自分の身分をバラそうとするなんて。
暗殺、誘拐、もしくは陳情のため市民が殺到するかも。大変な騒ぎになります。
「あら、平気ですわ。わたくし、こう見えて役持ちですのよ?」
どう見ても役持ちですが。というか優しそうな外見に反して、この方も
『女王様』なキャラなんでしょうか。
――お供の方はいらっしゃらないんですか?
周囲をキョロキョロすると、意図が伝わったようです。
「この場に部下はおりません。わたくし一人ですわ。
退屈だったので、お城を抜け出してきましたの」
……私が美しさにため息をついた、あのダイヤのお城。
どうやらあの中では、女王陛下失踪という大騒動が起こっているようです。
――女王様、お城に帰った方がいいですよ?
お城を指さし『行って』と仕草で促すと、少女は可愛らしく頬を膨らませ、
「ええ?まだ帰りたくありませんわ。もっと街が見たいですもの」
――ダメです!
NO、NOと手で×マークを作ると、少女はプッと噴き出しました。
「あ、あなた、本当に面白いですわね」
うーむ。無口期間が長かっただけあり、私はアメリカンな感じに
ジェスチャーを使いこなすのです。ただし無表情で。
「分かりました。そこまで心配して下さるのなら、帰りましょう」
少女が花のように美しく微笑み、私もホッとしました。
すると少女が私に腕を巻き付けてきます。
「ただし、あなたがお城に一緒に行ってくれるなら!」
――え?ええ!?
いえ、確かに高貴な身分の子供を、一人で返せませんが、でも――。
「街よりもあなたが珍しいですわ。
無駄口を叩かないところも気に入りました」
いえ無駄口どころか必要事項もしゃべらないと、皆さんお困りなのです。
「このダイヤの女王、クリスタ=スノーピジョンが、あなたをお城に招待いたします」
あー、だから普通の音量で、ご自分の身分をバラしては……。
でも少女は気にした様子も無く、ニコニコと、
「さ、まいりましょう。あなたのお名前は?」
――……あ、すみません、私はカイと……。
お口パクパク。というかまだ、一言しかしゃべってませんです。
けど少女……クリスタさん……ちょっと変かな。クリスタは、気分を害した
様子も無く、可憐に口に手を当て、くすくす。
「ふふ。本当に面白い方。絶対に口を割らせてみせますわ!」
……容疑者ですか、私。

こうして私は、小さな女王様と一緒に、お城に行くことになりました。

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