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■ちょっと駅に・下

見るからに柄の悪そうなお兄さんは、私を見下ろします。
「ん?何だ、おまえは」
ポカーンと見上げていた私は、ハッと我に返ります。
――失礼しました。心の中とは言え、初対面の方に『柄が悪い』など。
「?いきなり頭を下げて。変な女だな」
柄の悪そうなお兄さんは、眉をひそめて私を見下ろします。
ああ、でもやっぱり怖そうですよ。ナイフなんか装備しちゃって。
「カイ。隠れなくて大丈夫だよ。トカゲさんは怖い人じゃないから」
ボリスさんに優しく言われ、自分がいつの間にか、ボリスさんの背に隠れる
ように立っていたと気づきました。
――ああっもう!
すがるならディーとダムにすがれば良かったじゃないですか!
でも距離が遠すぎだし、そこまで遠ざかるのはお兄さんに非礼というか。
「……本当に何なんだ、この女は。さっきから無言であたふたして。
チェシャ猫、おまえの女か?」
「ん?違う違う。ディーとダム……帽子屋屋敷の門番の彼女でさ。
今、俺がダイヤの国を案内してあげてるんだ」
私はボリスさんの背に、半分隠れながら頭を下げます。ナイフの男性は、
「ブラッディ・ツインズの?また物好きな。
というか、チェシャ猫。向こうの柱の陰にいるのは……」
怖そうなお兄さん。ディーとダムの尾行には、すでにお気づきのようです。
「シーッ。黙っててあげてよ。あ、カイ。
この人はグレイ=リングマーク。うちの駅に出入りしてるんだ」
――あ、どうも、初めまして……。て、グレイさんっ!?
頭を下げかけ、ギョッとしてお兄さんを見上げる。
そういえば、黄色い瞳に首もとのタトゥー。
クローバーの国のグレイさんの特徴が、確かにあります。
きっとこの方も、ユリウスさんボリスさんと同じく、双子だか三つ子だか
従兄弟だかなのでしょう。しかしずいぶんとアウトローな感じの方です。
クローバーの国のグレイさん。お身内にこんなにグレた方がいらっしゃったなんて……。
――グレイなだけに。
プッと一人笑い。
「チェシャ猫。今度は笑い出したぞ?」
「物静かな子だよね。きっと俺たちといるのが楽しくて、笑ってるんだよ」

「いや、彼女は今、下らないギャグを考え、一人で笑っていただけだ」

どこからか声が聞こえました。
――下らないですと!?
しかし、人の心を見透かすような言動には覚えがあります。もしかして……。
――ナイトメアさん!?
で、でもどこに!?ナイトメアさんの長身なんてどこにも……。
「あれ?駅長さん?外に出て大丈夫?」
「熱は下がったのか!?出るなら上着をちゃんと着ろと言っただろう!」
あれ。ボリスさんとグレイさんの目線が、やや低いような。
それに『駅長さん』?
「うるさいー!二人して余計な世話を焼くな!」
私は目を丸くしました。
そこには、夢魔ナイトメアさんを小さくしたような方が立っていました。

…………

そして私はボリスさんのお友達兼、余所者ということで駅長室に案内されました。
「では自己紹介をしようか。わ、わ、私は、この駅の駅長にして、偉大なる
夢魔のナ、ナイ……ハックション!」
駅長のナイトメア君。執務机……ではなく、ベッドから話しています。
「カイ。『君』付けは止めてくれ……!ゲホ!ゲホッ!」
「ガキ、無理にしゃべるな。ほら、薬膳スープを作ってきてやったから」
「トカゲさん、それ、余計に悪化すると思うよ。毛布もう一枚かける?」
そしてベッドを取り囲み、わいわいやっているお二人。
ナイトメア君、体調が悪いのに外に出かけたようです。
「だから『君』付けは止めてくれ……ゲホっ!
それに、き、君は、余所者だったな。この国について……ゴホっゴホッ」
なおも何かしゃべろうとし、盛大に咳き込むナイトメア君。
――いえ、もう大丈夫ですから。この国について大体分かっています。
無口な人間にとって、心を読む夢魔さんの存在はありがたいです。
でもナイトメアさんの弟さんですか。
この世界の人たちは平均、何人兄弟なのでしょうか。
「いや、君は根本的なところを勘違いして……ゴホッ!」
兄弟全員が病弱なのでしょうか、さぞ病院代がかかっているのでしょうね。
「だ、だから違うと、それに病院になんか絶対に……ゲホッ!」
「もうしゃべるな!」
「はい、寝て寝て。お医者さん、呼んでくるからね」
お二人は完全に看護の体制です。
――て、わ、私も何かお手伝いを!
いかんいかん。あまりの衝撃にボーッとしてました。
でもボリスさんは、扉に手をかけながら私を振り返り、
「あ、こっちは大丈夫だよ、カイ。それよりごめんね。
俺、これからお医者さんを呼んでくるから……」
駅の案内は、出来なくなってしまったようです。
――いえ、お構いなく。こちらこそ、ありがとうございました。
頭を下げるとボリスさんは笑い、
「帰りの護衛は、あの二人がいるから大丈夫だね。じゃ、次は声を聞かせてよ」
そう言うとチェシャ猫さんは扉を開けます。
どうやら病院につなげたらしく、扉の向こうから消毒薬の匂いがしました。
顔無しのお医者さんが驚く声まで聞こえます。
「いやだ!医者なんて嫌だー!」
ナイトメア君の悲鳴。
「それじゃあね、カイ!」
ボリスさんは扉の向こうに飛び込みます。
「ガキ!しっかりしろ!ほら、薬膳スープだ。口を開けろ!」
後ろではグレイさんの熱心な看護が続いています。
関わりあいに……いえお邪魔にならないよう、退散するとしますか。
するとナイトメア君、
「ちょ、ちょっと待て、カイ!!
今『関わりあいにならないよう』って思っただろう!……ゲホッ」
そうしたらグレイさんが私の存在を思い出したのか、スープ皿片手に、
「まだいたのか?……そうだ、おまえ。薬膳スープの味見を――」
最後まで聞かず、私は頭を下げ、駅長室から高速で退散しました。

――ふう……。
扉の向こうの断末魔は聞かないことにし、扉にもたれます。
何だか、ちょっとした寄り道になってしまいました。
――いつか、ダイヤの城にも行きたいですね。
また遊びに来よう、と、歩き出そうとして、

「カイ」
「カイお姉さん」
私の目の前に、ディーとダムが立っていました。

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