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■ちょっと駅に・上

よく晴れた森の中を、てくてくと歩いて行きます。
私の隣を歩くのはダイヤの国のボリスさん。私に笑顔で、
「カイは、お城にも駅にも行ったことがなかったんだね。
俺が案内してあげるよ」
私はうなずきます。
どうやらこのダイヤの国、墓守領だけではなく『ダイヤの城』と『駅』も
あるみたいです。教えてくれないなんて、帽子屋領の皆の意地悪。
まあ墓守領のときと同じく、私の身を案じて下さってのことなんでしょうが。
最初、帽子屋領に帰らせていただこうかと思いましたが、今は上手く話せないし、
こんな機会でもなかったら、他の領土に遊びになんて出来ないでしょう。
お言葉に甘えて、危険な猫さんについていくことにしました。
「じゃあ、最初は駅に行ってみようか。
ダイヤの城はちょっと上級者向けだからね」
ボリスさんは楽しそうです。
――何がどう『上級者向け』なのでしょうか……。
いえ、ハートのお城を思い出せば、言わんとする意味が分かる気もしますが。
「じゃ、行こうか」

そして、ボリスさんと歩きながら考えます。
――『駅』、ですか。
不思議の国に来て、また近代的な単語に出会ったものです。
電車はダイヤ通りに出るのか、どういう駅があるのか。とても気になります。
――ボリスさん、駅というのは、どういう……。
「ん?カイ、どうしたの?金魚ごっこ?」
……お口パクパクです。本当にすみません。
ボリスさんは気にされた様子もなく、ニコニコ。そして私を肘でつつき、
「ね、気づいてる?」
――え?何にですか?
首をかしげると、
「ほら、後ろ。気配は隠してるけど、デカイ図体が丸見えだよね」
――……まさか。
ボリスさんを見るフリをし、チラッと後ろを見ました。
――やっぱり……!
木々の間に二つの長身の影。ついでにギラリと光る斧も見えます。
見まごうことなく、ディーとダムです。
木の間に隠れながら、私たちの跡をつけているようです。
――な、何やってるんですか。全く!
こっちに来ればいいのに……と思い、さっきのことを思い出しました。
『別れましょう』とか、その場の勢いで言っちゃったんですよね。
あー、失敗しました。
「二人とも、らしくない事するよな。どうしちゃったんだろ」
歩きながら私の表情を見ていたボリスさん、
「ああ、そっかそっか。あの二人とこじれちゃったんだね」
……実にその通りです。仕方なくうなずくと、
「じゃあ、仲直りに協力しようか?」
――え?どうするんですか?
「簡単簡単。俺がカイを襲うフリをする。
そしたら、あいつらがあんたを助けに来る。後は二人の胸に飛び込むだけ!」
……真顔でとんでもないことを仰います。
しかも偽悪的役回りが気に入ったのか、目がキラキラです。
しかし、その展開はちょっとベタすぎるのでは。
――友情を犠牲にしてまで、仲直りする気はないですから。
手を横に振り、アイデアを一蹴いたしますと、
「ええ!遠慮しないでいいのにー」
しますってば。それに、二人のことはもう怒ってないのですから。
――ただ、どう仲直りすればよいのやら。
お姉さんの方から、手を差し伸べて、ニッコリ笑顔で二人に――。
――……何を言えばいいのでしょう。
嗚呼、コミュ障。一人自己嫌悪に陥っておりますと、後ろからヒソヒソと
二人の声まで聞こえます。
『ああー、兄弟!どうしよう、どうしよう!
早くしないと、ボリスにカイお姉さんを取られちゃうよ!』
『ボリスの奴、お姉さんを茂みに連れ込んだらどうしよう!』
『そ、そうだね。そうなったとき、颯爽(さっそう)と助けに行けば!』
『お姉さんと仲直り出来るし、お姉さんも僕らに惚れ直してくれるよ!』
妄想で子供っぽい計画を立てないの。
ボリスさんのお芝居に、つきあってあげた方が良かったんでしょうか。
猫さんも聞こえているのか、お耳をヒコヒコさせ、楽しそう。
いえいえ、お芝居はやりませんって。
でも四人で新しい領土をまわれば、もっと楽しいのになあ、と悶々。
とか何とか一人で考えているうちに、森が開け、街が見えました。
どうやら駅の領土に入ったようです。

「ほら、あそこ。あの大きな建物が『駅』だよ」
そう言われて、ボリスさんの指さす方向に視線を向けます。
――おおーっ!
そこに見えるのは、大都市の駅のような巨大施設でした。
――すごい、すごいです!
まさか異世界で、こんな近代的なものを見るとは……!
「ショッピングモールもあるんだよ。何か買っていく?」
私は目を輝かせて、うなずきました。
『ああ、どうしよう、兄弟〜』
『お姉さんが駅に移っちゃったら……』
そして後ろの二人は、近づく気配もありません。
お、お姉さんらしく二人と仲直りを……仲直りを……。
――えーと、手っ取り早く、ピンチでも訪れないですかね。
見るからに柄の悪そうなお兄さんがケンカを売ってきて、二人が助けてくれるとか。
――いえいえ、見るからに柄の悪いお兄さんが、そう都合良く現れるなんて、ですね。
とか考えているうちに、駅構内のバザールまで来ました、
するとそこに、
「チェシャ猫、帰ったのか」
私たちの前に、見るからに柄の悪そうなお兄さんが立っていました!!

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