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■お迎えが来ました

「何だ、おまえは。初対面の相手に馴れ馴れしい」
ユリウスさんから返されたのは、冷たい声とまなざしだった。
「……え?初対面?」
「当たり前だ。私はおまえに会ったことなどない」
そう言われ、一瞬、よく似た別人だったのかと、相手を凝視した。
私の視線にユリウスさんっぽい方は不快そうに、
「それに、おまえは余所者か。また厄介な」
でもお顔に服装、眉根をよせる仕草まで同じ。
目の前にいるのは間違いなくご本人に思えるのですが。
「あ、あの……時計屋ユリウス=モンレーさん、ですよね?」
さっきより少し小さな声で、恐る恐る言う。
「ああ、そうだ。他の誰に見える」
そう言われて、ますます混乱する。同じ顔で同じ服で同じ名前で他人?
ユリウスさんは記憶喪失にでもなったのですか?何で私にこんな冷たい態度を。
「わ、私です……カイです!あなたに文字を教えていただいた……」
必死に言う。ハートの国で出会ったユリウスさんは、最初は冷たい人でした。
でも少しずつお知り合いになり、文字を教えていただいたり、本を買っていただいたりと、
とてもお世話になりました。
クローバーの国で時計塔がお引っ越ししてから、ずっと再会を望んでいたのに。
「…………」
うつむいて、どうしていいか分からなくなっていると、
「あ、待て待て。泣きそうな顔をするな!ユリウス!俺はピンと来たぞ!」
横から声がかかりました。ジェリコさんです。部下さんたちはお戻りになったのか
いませんです。ジェリコさんは時計屋さんに、
「おまえ、この子の話を聞いて何となく分かるだろ?この子が会った時計屋は……」
「ああ……そのようだな。おい、余所者のおまえ」
「は、はい……!」
ちょっと声がかすれかけたけど、時計屋さんを見上げました。
時計屋さんは、さっきより少しだけ警戒を和らげた目で、
「おまえが字を教わったユリウス=モンレーという奴はな――」

…………

…………

その後、私は居住スペースの食堂に案内されました。
昼間の食堂は、美術館の職員さんや構成員のお兄さんたちで賑わっています。
私はおごっていただいたミートパイを切り分けながら、
「……つまり、あなたはハートの国のユリウスさんの双子のご兄弟で、ハートの国の
ユリウスさんと違い、ご結婚され、お子さんもいらっしゃると」
『全然違う!』
時計屋さんジェリコさんどころか、周囲の部下さんたちにまで言われました。
帽子屋屋敷のお客さんということで、さりげに注目されていたようです。
「どこをどう解釈して、そんな結論にたどり着いたんだ。
いいか、つまり、ハートの国の私というのは――」
「す、すみません。従兄弟とかなのですか?」
「根本から違うっ」
時計屋さんのご説明はどうも難しかった。私は肩を縮めてしゅんとなる。
「まあ、目の前の奴は『そっくりだが、ハートの国の知り合いとは違う』ってこと
だけ分かればいい。機会があったら、ゆっくり説明してやるから」
特大ハンバーグ定食をかきこむジェリコさんは、笑ってそう仰いました。
そしてうなだれる私のお皿にロングウインナーをよこして下さいます。わーい。
ご説明に失敗した時計屋さんは、憮然とした顔で珈琲を飲まれていました。
ジェリコさんは、
「で、あんたは元々、帽子屋屋敷から道に迷ってここに来たんだったな。
俺が送っていってやるよ」
「い、いえ、そこまでは……帰り道を教えていただければ、一人で帰れますので」
知らない方と帰るのがコミュ障的にとても気まずい、とかじゃないですよ。ええ!
「そうは行かないだろう。帽子屋屋敷の敵対勢力は一つではない」
時計屋さんが、変わらず無愛想に珈琲を飲まれます。
うーん。墓守領の人たちは良い人ばかりでした。でも墓守領の外は、きっとそう
ではないのでしょう。ブラッドさんが屋敷内で護衛をつけていたくらいだし。
ジェリコさんも、
「そうだな。むしろ、そっちに捕まる方が危険だ。
ここから帽子屋屋敷も離れているし、不慣れな奴が一人で帰るのは難しいだろう」
「そうですか。では、お願いいたします」
コミュ障的不安を抑え、私はぺこっと頭を下げました。
ディー、ダム。愛しいあなたたちに会うためなら、お姉さん、見知らぬ人との道中
という試練を……じゃない、長い道を越えて帰ってみせます!
……それにしても、もう何時間帯も経つけど、さすがに私の不在には気づいています
よね?気づかずボリスさんと遊んでいたら……何か想像だけでフツフツと怒りが。
と、このあたりでジェリコさんも私も食事を終えました。
私は紙ナプキンで口元を拭き、
「どうもごちそうさまでした」
「おう!それじゃ、どうする?帰るか?それとも美術館でも観ていくか?」
「いえ、帰ります。出てきてから、かなり時間帯が経っていますので」
「よし来た。それじゃあ行くか!」
と、ジェリコさんが立ち上がったとき。

庭側の窓ガラスが、音を立てて盛大に割れた。

「――っ!?」
パニックになる私の前に立ちはだかり、ジェリコさんは、
「お嬢ちゃん、伏せてろ!!」
さっきと比べものにならない鋭さで言う。
それは他の人も同じ。それぞれがジェリコさんの指示もないのに、一斉に武器を
持ってザッと立ち上がる。
美術館の職員さんたちは、銃を構えつつ後ろに下がって、後衛体勢だ。
私は言われたとおり、頭を抱えてテーブルの下に伏せる。
うう。不思議の国に来てかなり経ちますが、荒事は慣れません。
――ディー、ダム、助けて下さいっ!!
と、心の中で祈っていると、

『お姉さん!!』

声が聞こえました。
「ん?おまえら、もしかして――」
上からジェリコさんの声。恐る恐る伏せていた頭を上げると――割れた窓ガラスを
踏み越え、入ってくるディーとダムがいました!
二人は、斧を構えつつ目で食堂を鋭く探り……私をついに視界に入れます。
『カイお姉さん!!』
臨戦態勢はそのままにパッと顔を輝かせ、
「カイお姉さん!助けに来たよ!!」
「僕らが来たから、もう安心だからね!」
ジェリコさんはそれを聞き、銃を構えつつ私を見下ろしますと、
「あんたの迎えか?」
私は起き上がりながら、笑顔で、

「いえ、縁もゆかりもない赤の他人です」
『お姉さんーっ!!』
やかましいです。

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