続き→ トップへ 目次に戻る

■とりあえず美術館へ!

昼日中の墓守領。その街の一角に、人の輪の出来ている場所がありましたとさ。
……私が原因です。
「それでだな。めでたく誤解も解けたところで、お嬢ちゃんのことを教えて
ほしいんだが……」
輪の中心で、ジェリコさんがそう仰います。
ですが、私は凍りついています。カッチカチに。
ここ墓守領の領主たるジェリコさんと、部下らしい怖そうなお兄さんたち、ついでに
見物人の街の方々に囲まれて、私は立ち尽くしていました。

ジェリコさんは困ったように、
「それに、あんたは余所者だろう?滞在地の奴らも心配していると思うし……」
さすが領主。余所者の判別など朝飯前です。ですが、
「へえ!余所者なんだ」
「初めて見たよ。確かにちょっと違うねえ」
周囲の皆さんの目に好奇心の色が加わり、さらに私に注目が集まります。
――ええと、ええと……。
いったい、自己紹介をすればいいのか、誤解への謝罪をすればいいのか、帽子屋屋敷の
場所を聞けばいいのか、パニックでさっぱり分かりません!
――ディー、ダム!助けて下さい!!
最愛の恋人達を心の中で呼ぶ。
私がピンチのときは、いつでも駆けつけてくれる彼らに!!
……でも今頃は、ボリスさんと遊んでいるのでしょうね。
嗚呼、男の子同士の友情。私の不在に気づくのはいつのことやら。
ガキども。しばらくは夜の営みを拒否してくれるわ!
……とか、私が心密かに憤っておりますと、
「あー、おまえら散れ、散れ!見世物にされて、この子が落ち着かねえだろ」
ジェリコさんが周囲の人たちに指示します。すると街の人たちは、
「なーんだ、つまらねえの」
「ジェリコさん、またうちの店によっとくれよ!」
「じゃあな、お嬢ちゃん!おうちに帰れるよう祈ってるよ!」
素直に、三々五々に散っていきます。
「うるせえよ。早く行けって!」
ジェリコさんは軽口を返しながら、領民さんたちに手を振ります。
――て、私も帽子屋屋敷に帰らないと。
私は散る人波にのり、コソコソと――
「いやいや、あんたまで帰ってどうするんだ。迷子なんだろう?」
ガシッとジェリコさんに腕をつかまれました。なのでまた立ちすくみ、
――す、すみません!すみません!!でも私のことはお構いなく!放して下さい!
ジェリコさんに必死に頭を下げると、
「大丈夫。何も怖いことはしねえよ。あんたは余所者で、他の領土の客だ。
それが困ってるなら、何とかしてやるのが領主ってもんだろう」
考えを読んだように、ジェリコさんが笑う。
「おおー、頭(かしら)、格好いいですね!」
「女の子相手だから、やる気になっちゃって」
部下さんたちがはやし立てました。
――うーん……。
ジェリコさんは親切な人みたいです。けど、マフィアだし、私が敵対領土の人間と
分かったら何をされるか……。するとジェリコさんがまた、
「ああ、それは心配すんな。うちはカタギには手を出さないようにしている。
敵対領土の人間と分かっても、それで、どうこうすることはねえよ」
――な……なぜ私が考えていることを!?
驚いて目を丸くすると、
「ん?顔に出てるからな。それにあんたは俺の悪い噂を、たっぷり吹き込まれてた。
悪い噂を流すのは敵側。あんたは敵対領土から、迷い込んで来た。
そういう奴なら、まず敵地で素性がバレることを、最初に心配するだろ?」
――な、何て知的な人!
勘違いしていた自分が、恥ずかしくなってきました。
どこがヒグマなんですか!帽子屋屋敷の皆の嘘つき!!
すると羞恥心が顔に出たのか、ジェリコさんは優しく笑う。
「あんたはその領土で大事にされてたんだよ。大嘘まで吹き込まれてな。
敵対領土にむやみに近づき、トラブルに巻き込まれないようにって」
いえ、半分くらいは面白がられてたと思いますが……。
――とにかく、ま、まぶしい!この方、何かまぶしい!
何という洞察力!コミュ力の高さ!まさに領主!!
「あー、あー。キラキラした目で見てくれて、ありがとうよ」
困ったように笑うジェリコさん。
「で、ちょっとは警戒を解いてくれたか?安心出来たなら教えてくれ。
あんたはどこの領土の者なんだ?名前は?」
――あ、はい、私はですね!カイと申しまして……。
今度こそ私は口を開きました。

…………。

…………。

お口パクパク。
「えーと……」
「そこまで、怖がらなくてもなあ……」
「頭はあんたを、取って食ったりしねえって」
やはりやはり困ったようなジェリコさんと、あと部下さんたち。
――あ……あああああっ!!


その後『一人で帰りますと』身振り手振りで何とか伝えました。
でも色々危ないからと、ご一緒に墓守領の本拠に行くことになりました。
まあ私は他領土の『余所者』。
むやみに自分の領土に放置出来ないという、政治的判断も働いたのかもしれません。
上がり症の自分が憎いです……。

…………

――うう。情けなさすぎです、私。
ジェリコさんに手を引かれ、しくしく泣いておりますと、
「ほら、ついたぜ、お嬢ちゃん。ここが美術館だ」
――美術館?
マフィアの本拠ではないのでは?顔を上げると、
――う、うわあああ!!
大変に壮観な光景が広がっていました。
美術館です!白くて、きれいで、何か奇妙な建物が目の前に!
幾何学的で芸術的。でも周囲の自然と調和した、どこか温かさを感じる外観。
あと滝が流れていて、それが下から上に上がっていたりと、不思議の国特有の
おかしなとこもあります。
人気スポットなのか、入り口には一般市民らしき人たちが、列を作っていました。
「すっげえだろ。墓守領の自慢の美術館だ」
「頭はここの館長でもあるんだぜ?」
驚く私に、部下さんたちは我が事のように誇らしげだ。
「とりあえず食堂で飯でも食うか。
腹がいっぱいになれば、しゃべれるように、なるかもしれないからな」
――はい……。
私は、ジェリコさんに手を引かれるまま、歩き出し――

「ジェリコ!エースを見なかったか!?」

――え……?
聞き慣れた声。聞き慣れた名前を耳にしました。
顔を上げると、美術館の入り口に人が立っていました。え……この方は……!

「はあ。またあいつは迷子になったのか。全く、この忙しいのに――」
髪をかきむしるジェリコさん。その横に立ち、私は、

「ユリウス……さん!」

かすれ声に近かったけど、どうにか声が出せました。
『え?』
ユリウスさんとジェリコさん。お二人が同時に私を見ます。
――良かった……こっちに引っ越されていたんですね!
「おまえは……?」
「カイですよ。お久しぶりです。ユリウスさん!」
私は、ユリウスさんを見上げ、親愛をこめて微笑みました。

3/6

続き→

トップへ 目次に戻る


- ナノ -