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■恐怖の墓守領

さて、クローバーの国からダイヤの国に引っ越してきた私と帽子屋屋敷。
でも地形が安定するのを待たず、お屋敷の人たちは、楽しそうに抗争に出かけて
しまいました。
そして、××時間帯が経ち、どうやら最初の抗争は終わったようです。
私はもちろん門で双子を出迎え……たかったのですが。

「カイさん!次の患者を案内して!」
「三番棚から××××って薬瓶を!!カイさん、頼む!」
「包帯が足りない!カイさん、倉庫から箱ごと持ってきて!」
「ベッドが足りない!カイお嬢さん、シートを!急いで!!」
救護室はけが人で大繁盛でした……。

…………

ベッドにぐったり寝ていると、ディーの声が聞こえます。
「お姉さん、ほら、クッキーを食べて」
口を開けると、バターたっぷりのチョコクッキーが入ってきました。
音を立ててかじっていると、額に冷たい布の感触。
「冷たいおしぼりだよ。気持ちいい?カイお姉さん」
ダムの声に、目を閉じたままうなずきます。
うう……看護する側が、される側に気遣われるとは!!
カイさん、愛しい双子に見守られ、ベッドでぐったりしています。

救護室にて、××時間帯の労働の後、解放されました。
というか、休憩なしで倒れそうになりながら仕事していたところ、私が戻らないのを
心配した双子が救護室にやってきまして――斧を振り回し、私を回収したんです。
むろん、双子に鉄拳制裁をしたかったのですが、私は歩くのもキツイほど疲労して
まして、おんぶされてお部屋に戻った次第です。
あああああ!!恥ずかしすぎる!!
「お姉さんを歩けないくらい強制労働させるなんて、顔なしの奴ら!」
私の口にカスタードクッキーを運びながら、ディーが言います。
い、いえ、その休憩は勧められたんですが、目の前に怪我をした患者さんがいたら、
放っておけないじゃないですか。
「僕らを心配させた慰謝料も含めて、ちゃんと労働報酬を請求するんだよ、カイ」
おしぼりを冷水に浸し、絞りながらダムが言います。
出来ますか、ンな図々しい真似!!
と、さすがに抗議しようと目を開け――驚きました。
「あ、あなたたち……!」
起きてビックリ。双子は、どちらも全く治療されてません。傷口の消毒すら無し!
「何で救護室に来たとき、処置してもらわなかったんですか!」
慌てて枕元の救急箱を引っ張りながら、咎めるように言うと、
「ええ!?僕ら、お姉さん以外の奴に、治してもらう気なんかないよ?」
「そうそう。カイお姉さんは僕らのために勉強してくれてるんでしょう?
なのに、他の奴らに身体を触らせるなんて、出来ないよ」
傷口から赤いものが流れ、痛そうなのに、双子は涼しい顔。
本末転倒にもほどがあります。
……二人のために、自分自身も健康でいよう。
消毒薬を取り出しながら、そう決意するしかありませんでした。

そして、悪さしようとする双子をかわしながら、どうにか包帯を巻き終えた頃、
お茶会に出るように、というお呼び出しがかかりました。
で、三人して帽子屋屋敷の庭園に行きました。
ダイヤの国は、結構ドタバタしていて忙しいみたいです……。

…………

「え?他の領土に行かない方がいいんですか?」
紅茶を飲みながら、私は驚いて言いました。

麗しく整った庭園には、いつも通りにお茶会の席がもうけられていました。
出席者はもちろんブラッドさんにエリオットさん。
そしてディーとダム、その恋人の私。
周囲には使用人さん、メイドさんがビシッと控えています。
で、お茶会が始まって間もなく、ブラッドさんが私に『催し事が始まるまでは、
一人で外に行かないように』と仰ったのです。

「もちろん外出を制限するわけではない。だが帽子屋領内にとどめてほしい。
その際には、必ず君の恋人たちを同行させなさい。
門番たちが仕事中であれば、護衛の部下を伴うように。これは命令だ」
と、ブラッドさん。
「…………」
双子やエリオットさんも『そうしてくれ』とうなずいています。
帽子屋屋敷のボスの命令なら、従うしかありません。
それにブラッドさんは、理由もなく人の自由を拘束する方ではない。
「帽子屋領の外は、そこまで物騒なんですか?」
切り分けていただいたアップルクーヘンを口に運びながら、聞きます。
するとエリオットさんが、
「ああ。墓守の領土がある。あいつらも、うちと同じマフィアだ」
「っ!」
役持ちでマフィアなんて、帽子屋領だけじゃなかったんだ……。
でも、余所者は領土争いと無関係。
今までの国では、他領土に遊びに行くのに制限は無かった。だから、その、
――そこまで禁止されると、逆に気になりますよね……。

「……善意の制止が逆効果になっているようで、嬉しいよ。カイ」
「気になってますって顔だよな。ガキどもの悪いとこが、移ったんじゃねえ?」
ブラッドさんとエリオットさんに、好奇心をしっかり見抜かれていました。
「お姉さん、遊びに行きたいときは僕らが、労働時間を放り出して行くからね」
「そうそう。お姉さんの護衛代も、きっちり上に請求するから安心して」
何かズレたことを言ってくる双子。
「墓守領の領主さんはどんな方なんですか?」
皆さんが心配してくれるのは分かっていても、好奇心からつい聞いてしまう。
するとブラッドがニヤリと笑い、
「墓守頭だ。ヒグマのような大男で全身が毛むくじゃら。知性のカケラもない」
「え……え〜」
――で、でも親切な方でしたら外見は別に……。
とか思っていると、エリオットさんがすまし顔で、
「ものすごく凶暴で、街に出ては顔なしを殴るのが趣味なんだ。
目が合ったら女、子供、年寄りでも、かまわず殴るんだぜ?会いたいか?」
「そ、それは何て外道な!」
呆気にとられていると、ディーとダムが、さらに楽しそうに、
「構成員がいるんだけど、主な仕事はボスのために若い娘をさらってくることでさ」
「墓守領はボスが怖くて怖くて、街全体が墓場みたいに静まりかえってるんだよ」
恐怖の情報が次々に入ってくる。
「お、お、恐ろしい!墓守領はそんなに恐ろしいところなんですか!!」
私は真っ青になってガクガク震えた。
「なら、そんな危険な場所に自分から行くことはないですね!
「そうとも……そ、そ、そうして、くれ……」
ん?私の言葉を肯定するブラッドさん。でも……何か声と肩が震えてません?
というかエリオットさんに双子、周囲に控えた部下の皆さんまで、真っ赤になって
うつむき、何かをこらえているような……。

とにかく、皆さんのご親切により、墓守領の恐ろしさは私の胸に刻み込まれました。
催しとやらが始まるまで、絶対に帽子屋屋敷から出ないことにしましょう!

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