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■門番の恋人は無口・上

――うう、難しいですね。
私は本のページをめくりました。
帽子屋屋敷は今日……じゃない、今時間帯も良い天気です。

私はカイ。今、帽子屋屋敷のお庭に一人でいます。
庭にはパラソルをさしたガーデンテーブルが設置され、私はその下で、さながら
避暑地に来たご令嬢のように、優雅に本を読んでいます。
――うーん……難しい本ですね……。
すみません、冗談です。優雅じゃないです。超苦戦しています。

「あら、カイお嬢様だわ〜」
そのとき、お屋敷の使用人さんの声が聞こえました。
お仕事の最中、通りがかったようです。
――ごあいさつしますかね?
笑顔を作る準備に入ろうとしました。しかしその前に別の使用人さんが、
「し〜っ!カイお嬢様はお勉強中なのよ〜。お邪魔しちゃダメよ〜」
とダルそうな調子で言って下さいました。
……ええ、私カイ。ガーデンテーブルに、分厚い書籍を広げています。
人体のしくみだの、高度な救命処置法だの、ちょっと難しい内容です。
「お勉強って何の〜?」
「うふふ〜。看護のお勉強ですって〜。門番さんたちのために〜」
……え、ええ。そ、そうですね。
私は双子の恋人たちのために、勉強しています。
マフィアのお屋敷を守る彼らは、怪我が多いのです。
そういうわけで、私はお屋敷の本をお借りして、勉強中です。
といっても、内容はちんぷんかんぷんなのですが……。

使用人さんたちは微笑ましそうに言葉を交わしています。
「愛よね〜。後でミルクティーをお差し入れしましょうよ〜」
……お、お気遣いどうも。
内心、気恥ずかしく思っていると、
「あら〜、噂をすれば〜」
その声を聞き、ページをめくりかけていた私の手が止まる。
――『噂をすれば』……?
そして顔を上げる前に聞こえた。
足音。
駆け足の音。草むらをバタバタバタと。
こちらにまっすぐに向かってくる!
そして私が顔を上げると!

「カイっ!!」
「カイお姉さんっ!!」

――斧を持った男性二人がこちらに猛突進してきますっ!!狂気の笑顔で!!
カイさん大ピンチです!
書物をバタンと閉じ、お屋敷の方にダッシュっ……。
『お姉さんっ!!』
つかみ損ねた本がバサッと草むらに落ちます。
逃げる間もなく、カイさんは後ろから抱きしめられていました。

――いーやーっ!!誰かぁーっ!!斧を持った凶悪犯がーっ!!
逃げようにも片腕で軽々と拘束され、しかも地面から持ち上げられまして。
自由な足でジタバタしてます。
しかし、周囲に目で助けを求めても、
「あらあら、仲がおよろしいですね〜」
「お勉強頑張って下さい、お嬢様〜」
うふうふと、使用人さんたちは笑って、屋敷に入っていってしまいました。
――はああ……。
あきらめて力を抜き、抱え上げられたまま、肩越しに後ろを見ました。
「ただいま!お姉さん」
私を軽々と抱き上げ、嬉しそうに笑う。
――おかえりなさい。
私を抱き上げる彼は、青い瞳に長髪。トゥイードル=ディー。
「お姉さん。今回も敵をたくさん倒してきたよ?偉い?」
その横で私の頭を撫で、笑うのは、赤い瞳に短い髪のトゥイードル=ダム。
そしてこの私は、カイ。
この平凡な少女が、帽子屋屋敷、最強の門番たちの恋人なのである。
『お姉さん?』
二人にニッコリ微笑まれ、私も微笑して恋人たちに……。

「…………」
『…………』

風が吹き、さらさらっと草が揺れる。しかし私は無言。
――あ……ああああああっ!!!
あ、汗が!冷や汗がダラダラ出ます!!
また返答のタイミングを逃しました!!
気まずい!カイさん超気まずい!!
そして青ざめる私を抱きかかえながら、ディーはダムに、
「兄弟兄弟、お姉さんがまたサイレントな周期に入っちゃったよ」
――え?その謎用語は何ですかディー!!
ちょっぴり話すタイミングを失しただけじゃないですか!
けどダムも、
「僕たちとだけ話してくれるなら、いくらカイが無口でもいいけどさ。
僕らにも等しく無口だと……愛を疑っちゃうかもね」
あ、あああ!!ダムっ!!怖い!
あなたの赤い目が怖い!……カラコンかもしれませんが!
ひたすら恐怖でガタガタしていると、双子は私の頭上で目を合わせ、ニッと笑い、
「どうすれば、お姉さんはしゃべってくれるかな?兄弟」
あ、あの……ディー。
空いた方の手で、私の身体をサワサワ撫で始めないで下さい。
私たちの部屋でやるなら別にいいんですが、ここはお外ですし……その……。
「それは簡単だよ、兄弟。
お姉さんが『しゃべらなくちゃいけない』状態にすればいいんだ」
……ヤバイ。こいつら、絶対にろくでもないこと考えてますよ。
今は大人だけど、彼らの本性は子供。悪さが大好きなのです。
危険を察知し、私はディーの腕の中で猫のごとくジタバタしました。
「お姉さん、こら、暴れないで」
けど門番の片割れの腕はビクともしません。
それどころかダムが私の前に回ってきて、
「とりあえず下着でも下ろせば、お姉さんもビックリして叫んでくれるかな?」
……まあ、お外でそんな真似されれば、さすがに私も叫びますがな。
しかし普通はそれを『いじめ』と呼びます。

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