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■木陰の休息

「カイの『声』だ。カイがしゃべったのは、俺に名前を名乗ったとき、
それ一回だけだぞ?耳かノドがおかしいんじゃねえか?」

エリオットさんに指をさされ注目の的になり、私は顔を真っ赤にしてうつむく。
い、いえ、ですからしゃべろうと思えばいつでもしゃべれるのですが、どうもこう
私はあがり症でして、イマイチ言葉が出ないといいますか……。

お医者様は難しい顔で言われました。
「一度声を出されたのでしたら、咽頭や聴覚器官への異常はないでしょう。
質問にうなずくなど意思表示をされますし、言語能力にも問題はないと思われます」
「つまり、こいつが自分からしゃべらないのが悪いってのか?」
エリオットは無意味にお医者様にすごむ。
顔のないお医者様は怯えたようにすくみながら、苦しそうに、
「そうですね、あえて病名をつけるとすれば……。
異世界に来たショックによる、心因性緘黙(かんもく)でしょう」

ううう。弱すぎです、自分!
異世界に行ったアニメや漫画の日本人ヒロインって、普通、さっさと適応するのに。
「緘黙……確か『だんまり』って意味だったよな。で、治療法は!?」
エリオットは焦れたように言う。
「ご本人の緊張や不安、恐怖を和らげることです。発声の強要はいけません」
要は治療法無し。自分から話すのを、待てということですか。
でも私は首をかしげる。ですから私は話そうと思えばいつでも話せるのです。
この世界の優しい人たちに、緊張も不安も恐怖も感じてませんです。
と、伝えたいけど、イマイチ文章がまとまりきらず、結局言葉に出せない。
エリオットさんもイライラしたご様子でお医者先生に食ってかかります。
「よく分からねえ……つまりカイが俺たちを怖がってるってことか?」
――い、いえ!決してそんなことは!!
私はベッドに座り、こちらを見るエリオットさんにブンブンと首を左右に振る。
お医者様もしばらく困っていましたが、やがて意を決したように、
「……そうです。カイ様はこのお屋敷やお屋敷の方を怖がって――」

その先は永遠に言葉には出されなかった。
お医者様は無言で床に崩れ落ちた。
「エリオット様〜。『役持ち』の方でも八つ当たりは良くないですよ〜」
でもエリオットさんは舌打ちし、硝煙の上る銃を下げた。
お医者様は床に倒れ、動かない。その頭部のあたりから、赤い水たまりが……
「知るか。役に立たねえ『顔なし』なんているかよ。
こんな良い子のカイが俺たちを嫌ってるわけねえだろ!」
『顔なし』。顔のない人たちへの呼称でしょうか。
じゃあ顔のあるエリオットさんたちは『役持ち』ですか。よく分かりませんが。
エリオットさんは忌々しそうにお医者様の身体を蹴る。すぐに使用人さんたちが来て
さっきまで動いていたお医者様を数人で抱え、どこかへ行ってしまいました。
そしてエリオットさんはこちらを見た。銃を持っているとは思えない優しい笑顔で、
「カイ。元気になって良かったぜ。これでお茶会にも出られるな。
体力つけるために、美味いニンジンを山ほど食わせてやるからな」

私はちょっと首を傾げます。
そして、救急車とパトカーのサイレンの音を待ちました。
ですがそれは、いつまで経っても聞こえることはありませんでした。

…………

陽光きらめく、気持ちのいい新緑の昼間でした。
庭園を駆け抜ける風が、私の髪や服を、さらさらとなびかせますです。
私は日光浴も兼ね、お庭の木陰に座り、本を読んでいました。
――……でも何で読めるんでしょう。
首を傾げるしかないです。
書物の字はどう見ても英語。なのに問題なく読め、頭にスッと入ります。
私は元の世界で英語の成績が優秀だった。もしくは帰国子女だった、なんて過去でも
あったんでしょうか?異世界に日本語圏なんてあるわけないですし……でも……。
まあ、首をかしげるしかないです。分からないなら困りますが、分かるなら全然、
大丈夫ですし、ありがたく享受しておきますか。
私はまた本に目を落とし、本の項をふむふむと読み進める。
そのまま集中……することなく眠ってしまいました。
いえ、貸して下さった本のチョイスが微妙で……紅茶の歴史とかあまり興味は……

…………

「すごくきれいだね、兄弟」
「すごくかわいいね、兄弟」
誰かがどこかでしゃべっているような、誰かが私の顔をのぞきこんでいるような。
でも私のことじゃないですね。『きれい』も『かわいい』も当てはまらないですし。
「お姉さんを連れて遊びに行ってもいいのかな、兄弟」
「まだダメだよ兄弟。お姉さんは身体が弱いんだから」
いえ、ですから身体が弱い設定はないですって。ベッドで寝てたから体力が落ちた
だけなんですよ……と、半分寝ながらツッコミ。
「お姉さん……可愛い」
と、頬にやわらかい感触。
「ずるいよ兄弟!僕も!」
と、反対側の頬にまたやわらかい感触。
「お姉さんは弱いから、壊さないようにしないとね」
「か弱いお姉さんを、僕たちで守ってあげないとね」

……いえ、だから初対面で人をメッタ斬りにしたのは、どこのどいつですか。
と、またも夢見心地でツッコミを入れる私でした。

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