続き→ トップへ 目次に戻る ■木もれ日の中で4 世の中にはよく分からないことが、たくさんあるものです。 「えーとね。身体のここの部分には神経が集中してるの。だから、上手く傷つけると 効果的に拷問出来るんだよ。一番痛がらせられる場所はね……」 「い、いえ、ピアスさん。私は拷問方法を聞いているのではなく……」 目をキラキラさせて説明してくださるピアスさんに、私は引き気味です。 「……真夏のプールで、何、怖い会話を交わしてんだ、おまえら」 プールサイドでは、クールビズすぎる格好のゴーランドさんがくつろいでいます。 手に持ったウクレレがあな恐ろし。 「でもピアスさんのお話って参考になるんですよ」 私は遊園地にも一人でよく来ます。遊びではなくお勉強の一環で。 眠りネズミのピアスさん。出会った当初は、距離感の無さもあって、少し怖かった です。けど、よくよく話してみると、解剖学の詳細な知識をお持ちでした。 ……拷問や殺害方法に特化しておりますが。 しかし放っておけば治る世界で、そういった知識は貴重です。 ので、たまに話をうかがいに行くようになりました。 ゴーランドさんも難しい本とか貸して下さいますし。 「カイ大好き!俺のことを馬鹿にしないし!ちゅうしよう、ちゅう!!」 ……おかげでピアスさんには大層懐かれています。解剖学の話の最中なのに、話を そっちのけで抱きつかれました。暑い暑い暑い!! 「コラコラ。ピアス。カイには恋人がいるんだ。いい加減にしろよ」 ゴーランドさんが止めてくださったとき。プールからばしゃっと水音。 「う、うわ!冷たい!何するんだよ、ボリス!!」 プールの中から現れたのは猫さん。手には水鉄砲をお持ちです。 「馬鹿ネズミ。カイはディーとダムの女だぜ? おまえ、ちょっかい出し過ぎって、この間も斬られかけただろ?」 プールの中からプールサイドに肘をかけ、伸び上がるボリスさん。 私と目が合うと、にへっと笑い、 「カイ。そんな馬鹿ネズミ放っておいて、俺とデートしようよ! 夏の遊園地を案内してあげる!ああ、ビキニで俺とプールで遊ぶのもいいよね!」 「えーと、あなたがさっき仰ったように、私はディーとダムの恋人なんですが……」 さすがに突っ込まずにいられない。するとチェシャ猫は目を細め、 「浮気相手でいいよ、俺。隠し事は得意だし、上手くやるよ?」 ……親友の恋人にちょっかいかけるとか、修羅場への招待状か。 「お、俺も!それなら俺も!ディーとダムは怖いから、俺も浮気相手でいい!」 こちらは、かなりヘタレな動機で、浮気相手志願のピアスさん。 「お!モテモテだなあ。さすが余所者!よっし、カイがしゃべれるようになった 記念だ!俺も浮気相手に立候補するぜ!」 ゴーランドさんまでノリノリです。どういう記念っすか。 「オーナーさん、ひどいよ!カイは俺の!」 「いいや、馬鹿ネズミに渡すか!カイは俺のだ!」 ……と、ボリスさんが私の手を引っ張り。けどその力が思ったより強くて、 『あ』 お三方の声が重なります。 「それより勉強の続きがしたいんですが……」 視界が宙を回り、私は頭からプールに突っ込んだのでした。 ………… 「それで、連中はカイをよってたかって水場に突き落とし、亡き者にしようと したのですか……分かってはいましたが、何というゲスな連中……」 ペーターさんは私に団子の皿を差し出しつつ、同情してくれる。 ハートの城は春。お花見の真っ最中です。 「いえいえ、全く違います。すぐに引き上げ、謝り倒してくださいましたって」 もぐもぐ。お団子は、みたらしですなあ。 「全く。獣どもはほんに愚かじゃ。ああ、腹の立つ。 ええい、誰でもいいから、首を――」 「女王陛下。かしわ餅はいかがでしょう」 私はスッと別の和菓子を勧めてみます。はて。桜舞い散る中でかしわ餅? けど女王陛下は甘いものに顔を輝かせました。 「おお!気が利くのう、カイ。無粋な男どもとは大違いじゃ。 カイ、子供に飽きたらお城においで。わらわが可愛がってあげる」 頬を染めてこちらを見てくださる陛下。 ……色々あって、この方は私に悪感情を持ってると思っていました。 ですが、余所者効果なのか単にお忘れになったのか、陛下と再会したときは普通に 好意を持たれてました。ペーターさんが、何かしたのかも知らんけど。 「それで陛下。さっきの話ですが……」 「城の書庫か?おお、いくらでも使うといい。つまらぬ本しか置いておらぬから すべて燃やそうかと思っていたのじゃ」 止めてー、焚書は止めてー!!王様も横でオロオロされていますから! 「あと、城の兵士の怪我を、タダで看てくれるんだって?」 「……っ!」 真後ろからひょいっと現れたエースが私のお団子をつまんで食べる。 気配ゼロでした。心臓が止まるかと思った! 「ええまあ……。学習中の身ではありますが、応急処置程度なら」 青筋立てながら返答します。書庫をお借りするお礼もしたかったし。 「ああ。いいぜ。うちはけが人が多いし、代えが利くから、あんまり治療とかして なかったんだ。可愛い子が治してくれるなら兵士たちも大歓迎だと思うな。 失敗したって俺は咎めない!いくらでも人体実験してくれよ。あはははは!!」 笑顔に猛毒をこめ、エースが笑いかけてくる。 「いえ、だから応急処置……」 親友が戻ってきたというのに、彼の心の空洞は計り知れない。 桜の下、腹に一物抱えている、ハートの城の人たちが笑い合う。 でも私はまたここに来るのでしょう。友達に会いに。 こうして私の目標のために、私の世界が広がっていくのでした。 ……そろそろ帰ろうかな。 13/14 続き→ トップへ 目次に戻る |