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■木もれ日の中で3

「エイプリル・シーズンのお茶会だ。さあ、楽しんでくれ、カイ」
木もれ日のお茶会は秋の香りです。
愉快な……失礼、麗しいご格好のボスは、絵になる仕草で紅茶を飲んでおられます。
お慕いとかしませんが、敬愛しております。
ですからオレンジ色のブツを、肘で、私の陣営に押しやるのはご勘弁。
元々ブラッドの物なのに、押し戻したら倍量を送りこまれる。威圧外交か。
「全く、色ボケしやがって、どうしようもない奴らだぜ!なあ、ブラッド!
カイだって勉強に集中出来ねえじゃねえか」
エリオットさんは私の代わりに憤ってくださいます。
そしてバクバクと高速でオレンジのブツを片付けておりました。
そこは羨望の地。ですが、そちらにニンジンスイーツをこっそり送り込みたくとも、
それがバレたら、なぜか四倍五倍の量のスイーツが返ってくるという恐怖。
しかし私もブラッドも、恐怖を克己し、どうにかしてエリオットの領内にスイーツを
送ろうと、互いを牽制しつつ、攻勢をかける。
そして、私は持ってきた本を開きました。
「私が寂しい思いをさせている、というのもあると思います。
最近は、よく他の領土に行きますからね」

庭で読んでいた本は、どのページもびっしりと、マーカーやメモ書きでいっぱい。
べたべたと貼られた付箋が、あちこちのページから飛び出している。
ブラッドさんは紅茶を飲みながら、私の本を見、
「この世界は時間が経てば傷が治る。妙な義務感で、苦痛な学習をすることはない。
もう少し、私のお茶会につきあい、のんびりしていなさい」
「やりたくて、やっているんです。苦痛ではありません」
私は微笑んでブラッドさんを見上げます。
私の本は、医療技術の基礎的な知識を説いた本です。
もちろん書いてあることのほとんどは、私にはちんぷんかんぷんです。
ですが周囲の方の助力あって、ほんの少しは理解出来るようになってきました。
「ディーとダムの怪我を、ちゃんと看てあげられるように、なりたいんです」
私を全力で好きだと言ってくれる、ディーとダム。
いつも傷ついてばっかりの二人を見ていられない。
そう思った私は、やっとこの屋敷でやることが出来たのです。

「そうか、がんばれよ」
「愛とは美しいものだな」
怖いマフィアのボスとその2。
今は家族のように私に微笑んでくれるのです。

…………

クローバーの塔は、冬まっただ中です。
ユリウスさんの部屋では、暖炉の炎がパチパチと燃えており、窓の外は雪景色です。
ユリウスさんは作業台で黙々と時計を修理し、私は近くのテーブルで書き物をして
います。いただいた問題を解いている最中なのです。
そしてガチャッと扉が開き、グレイさんが入ってきました。

「精が出るな、カイ。あまり無理をせず、少し休んだらどうだ?」
私に優しく微笑み、トレイをテーブルに置く。そこには店で買ったらしいケーキと
甘いココア。私を気遣う様子は、さながら受験生を応援するお母さん――
「ゴホ!ゲッホ!ゴホ、ゴホ!!」
「……!?カイ、どうした!?寒さで気分が悪くなったか!?」
慌てて私の背をさするグレイさん。
「い、いえ。してはいけない想像をした罪責感で……」
「は?」
ゴホン。仕切り直し、ココアを手に取る。
「美味しいです。ありがとう、グレイさん」
「ああ。勉強のしすぎは良くないが、頑張ってくれ」
励ますように笑いかけてくれるグレイさん。しかし背後から、
「勉強のしすぎも何も、あんな初歩的な箇所で、いつまでつまずいているんだ」
「うううう……」
ぐっさり。ユリウスさんの勉強指導は容赦ありません。
ですが時計屋である彼は、この世界有数の知恵者。
頭の悪い私には、欠かせない先生であります。
「時計屋。そんなことを言ってやる気を削ぐものではない」
私をかばい、頭を撫でてくれるグレイさん。
「それでは子供が萎縮する。もっと良いところも見てあげればいいだろう」
褒めて伸ばす主義ですか。ゴロゴロ。
「子供じゃないだろう。用が済んだら帰れ、トカゲ。その芋虫もつれてな」
『……は?』
ポカンとする私とグレイさん。
するとユリウスさんが、ヒュッと音を立ててスパナを投げた。
「痛っ!!」
そしてソファの陰から痛そうな声がして、何かが飛び出しました。

「……ナイトメア様」
瞬時に、氷点下に達するグレイさんの声。
冬になり、さらに病弱な様相を増した夢魔はビクビクした様子で、
「い、いや、その、カイが遊びに来ているというから、つい……」
嘘つけ。私がいる間、現れなかったでしょう。グレイさんから逃げてたんか。
「あなたは、冬の行事の総責任者でしょう!少しはカイを見習って――」
ガミガミガミ。仕事の遂行という点で、見習うべきは私よりユリウスさんでは?
呆れつつ、ユリウスさんに視線を向けると、
「問題が解けたか?見せてみろ」
時計修理の手を止め、こちらに手を伸ばす。
「あ、すみません。ユリウスさん」
「礼など言うな。口がきけるようになっても、卑屈な奴だ」
ぶっきらぼうに言い、私の解答用紙に、容赦なくバッテンマークをつけていく。
でもその目は優しく、私はつい微笑む。
「……おかしな奴だ」
ユリウスさんもその視線に気づき顔を上げて、ほんのちょっとだけ笑う。
後ろではグレイさんとナイトメアの言い合う声。
そうして、冬の穏やかな時間は過ぎていくのでした。

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