続き→ トップへ 目次に戻る ■貝殻と二つの斧・下 夢だか何だか分からない空間で私たち三人は、改めて話し合う。 「お姉さん、僕たちのことが好き?」 と大人のディーが真剣な顔で聞く。 「ええ、好きですよ。ずっと前から好きでした」 「……うん。そうだよね。僕もだよ」 やや頬を赤くして言うと、ディーは私に身をかがめ、そっと唇を重ねる。 そして反対側からダムが、 「他の役持ちのことは誰も好きじゃ無いよね?僕たちが一番だよね!」 ……あらぬ誤解をされた苦い思いがよぎるけど、私は渋々、 「そうですよ。あなたたち以上に好きな人なんていません」 答えてあげると、ダムも嬉しそうに笑って同じくキス。 そして合図でもしたかのように二人同時に、 『じゃあ、僕らのこと愛してる!?』 沈黙。 「んー……たぶん」 「……なんで間があるの?しかも『たぶん』とか!!」 「僕らは即答できるよ。愛してる!愛してる!カイお姉さんを愛してる!」 いえ、そんな選挙演説みたいに連呼せんでも。 双子が迫ってくる。 「お姉さんが僕らのことを『愛してる』って言ってくれるなら、もう疑わないよ」 「一緒に走って遊べないのは嫌だしね。帰らないなら斬るのも止めるよ?」 双子、譲歩と見せかけた脅迫ですか。マフィアめ。 しかし、この空間です。私は本音を口にするしかありません。 「あなたたちは良くても私がダメなんです。私は、気が小さいし、性格が悪いし、 驚くと、すぐしゃべれなくなるし、いつも自分の殻にこもってるし」 今、好きだの愛してるだので、なあなあにしたって、また問題はやってくる。 私の小ささ、不安定さ、それらが仲を引き裂く。それが怖いのです。 すると双子は怪訝な顔をする。 「……カラにこもってる?」 「ええ、そうですよ。貝の殻です。貝殻」 すると双子は首をかしげる。 「二枚貝でも巻貝でも割っちゃうよね、この斧で」 「うん。シジミでもサザエでもタニシでもホタテでもフジツボでもヤドカリでも アサリでもヤドカリでもオウムガイでもアンモナイトでも、何でも砕くよ」 何か話がズレてるような……つか貝類って、数が多いですね。あとアンモナイトって。 「お姉さん、さっきから何か面白いことばっかり言ってるね、兄弟」 そして、ワケの分からない発言は光速で流す双子。 「兄弟兄弟。それにさ。他人の屋敷で、昼間っから廊下で寝たり、しゃべるのを面倒 がってるみたいな殻のこもり方ってあったっけ?」 や、やはりアンモナイトの防御力は強大すぎましたか! そしてブラッディ・ツインズは斧を構え直す。 「まあ、いいや。貝殻でもそば殻でも何でもさ」 なぜそこで、そば殻。枕、買い換えたいんですか。 「この空間のおかげで、お姉さんのことが分かったし」 「え……?」 ふいに二人が斧を取りだし、私に向ける。 空気が一気に急降下し、私は慌てました。 「ちょ、ちょっと二人とも!私は元の世界に帰りますよ! そんなことをするなら、今すぐ帰りますからね!?」 後じさり、私を招くように輝く、光の道に近づこうとした。 「帰るなら斬るよ」 「お姉さんがいない世界なんか、意味ないしね」 まじめな空気に戻ったけど、またこの流れですか。そして双子の空気がヤバイ!! 「帰るんです……また帽子屋屋敷に戻っても、同じことが……。 あなたたちだって子供だし……私も……」 いつの間にか現れた小瓶をギュッと握り、さらに後じさる。 「繰り返さなきゃいいよ。『時間』は無限にあるんだ」 「ないですよ」 「あるよ。誰もお姉さんを置いていかない。大丈夫」 「……?」 双子の何かを確信したような声。続きを待ったけど、説明はなかった。 「だから心配しないで、カイお姉さん。ずっと一緒にいよう」 「僕らは他の人なんか好きにならない。お姉さんだけを見ているから」 そう優しく微笑む二人の顔。 「えーと、それで、発言と裏腹に、なぜ私に斧を向けるので……?」 恐る恐る聞いてみます。すると、 「カイお姉さんこそ、帰れるのに何で帰らないの?」 「それにさ、カイお姉さん?本当に帰りたいの?僕らを置いて」 と、ディーが言う。 「えーと……えーと……」 二対一で斧をつきつけられ、迫られ、私は汗をだらだら流す。 そう。さっきから何で意味の無い会話を延々と続けてしまっているのか。 愛しているかと聞かれて、肯定をためらいこそすれ、決して否定しないのは。 そしてどれだけ待ってもらったのか。 ついに、私は言いました。 「離れたく、ない、ですかね……」 瞬間にピシッとどこかで音がした。手の中だ。 慌てて見ると、ハートの小瓶にヒビが入っていた。 「どうして離れたくないの?教えて」 優しい声。でも斬られる。返答次第では斬られる! もう殻にこもることも出来ず、私は断念して言いました。 「……そうですよ。あなたたちを愛してるからです」 あ−、ついに言葉に出して認めちゃいました。 そしてまた、ピシピシッと小瓶にヒビが! わ、割れる?割れちゃう?中身がこぼれそうだけど! 実は中の液体、濃硫酸とかじゃないですよね!? 小瓶に気を取られ、オロオロしていると、 「お姉さん、目を閉じて!!」 「え?は、はい……!」 慌てて目を閉じると、 貝殻のようなものが砕ける、軽い音がして。 「え?」 目を開けると、手の中の小瓶が粉々に砕かれていました。 中の水がキラキラと虚空に散って、光に吸い込まれていく。 あ。毒薬じゃ無かったみたい。良かったー!! 「……ていうか、何て危ない真似してるんですか!二人とも!!」 双子が、どういうスキルを使ったのか、斧で小瓶を砕いたんですな。 まあアンモナイトを砕くと言い張るから、小瓶くらい砕けますか。 ……でもこの小瓶、そんなにモロい強度でしたっけかね。 「私がちょっとでも動いてたら、手ごとスッパーン、じゃないですか。全く……」 ゴミと化した小瓶をそこらに放り、ブツブツ言っていますと、 「砕くよ。何回でも砕く」 悪びれなくディーが怖いことを言う。 「え?」 「カイの不安も、恐怖も、殻も、全部砕いてあげる」 「だから怖がらないで……カイ」 「…………」 目を見開く私に、二人は微笑む。それは子供ではない、大人びた笑みだった。 なぜかその時、二人が本当に『中身』まで大人になったような錯覚を覚えた。 「ずっと、お姉さんを守るから……」 ディーに抱きしめられ、キスをされる。 「僕らのこと、もう怖がらないで。三人でずっと遊ぼう」 ダムにも抱きしめられ、そちらもキス。 「ん……」 二人に挟まれ、逃げ場なんてなく。 今は小瓶の欠片までが、光の中に消えつつあります。 私の中の何かを閉じ込めた、硬い硬い貝殻の破片たちが。 私もあきらめ、淡い夢の空間の中、二人に交互にキスをしました。 「ごめんなさい。私も愛してます。 あなたたち二人のそばを、もう離れません。 何もかも関係なく……ずっと、ずっと大好きですよ」 『お姉さん……っ!』 そして感極まった二人に抱きしめられる。 本当は、まだ不安がないわけじゃない。 これからのこと、捨てた世界のこと、二人との関係。 ずっと悩み続ける。でも二人が何度だって、二つの斧で砕いてくれるでしょう。 小瓶の破片は、もう光の向こうに見えなくなってしまった。 二つの斧に砕かれた、私の貝殻。 ちっぽけでも、結構きれいなものです。 でも、もういらない。 「カイ……愛してる……」 「大好き!カイっ!」 「私もですよ、ディー、ダム……」 そして私たち三人はキスし合い、抱きしめあい、溶けていったのでした。 9/14 続き→ トップへ 目次に戻る |