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■双子に会いに

クローバーの塔の窓から外を眺め、私は呟く。
「そして……あれから何千時間帯が経過したことでしょう。
そう考え、もう一度私は窓を見ます。
窓の外は青空。恐ろしいほどに澄み切っています……そう、私の心のように!
そしてうつむき、私カイは言いました。
『いくつ国がめぐり、多くの人と出会い、戦い、勝利し、恋をし、涙し、私もまた、
強くなりました。ですが……ディーとダムにはまだ会えません』
そして私はそっと、目尻の涙をぬぐう。
それから清涼な空を見上げ、言いました。
『でも、私は負けません。必ず勝利し、あなた方にも勝ってみせます。
例え、恋人と戦うことになっても……私は前進を止めません!』
そうつぶやき、私は懐の剣を握りしめました。
そして、決意をこめ、闘志を瞳に、叫びました。

『そう、私たちの戦いは、これからです!!』

……完!」

…………。

…………沈黙。

…………果てしない沈黙。

沈静を堪え忍び、期待にゾクゾクしながらツッコミを待っていると。

「ええと……ナイトメア様」
後ろから、大変に困惑した様子のグレイさんの声。
「突っ込んでやっていいぞ、グレイー。彼女も、容赦なく罵られ、叩きのめされ、
踏みにじられるようなキツいツッコミを待っている」
無感情なナイトメアの声。いやいや、そこまでマゾじゃないですよう。ドキドキ。
「い、いえ、ですが、あの、どこからどう突っ込んでいいのやら」
「ならスルーだな。無視もツッコミのうちだ」
ああん。その冷たい声がたまらない!
内心、被虐の悦びに悶えておりますと、さらにグレイさんが、
「……というか。普段から、あんな子だったんですか?ナイトメア様」
「ああ。無言でいつも、ああいうことを考えていたんだ」
断罪する口調のナイトメア。いつもじゃないですよー、あはははははは。
とはいえ、今までのように無口キャラでもいられないので、口に出すことにしました。
「いいじゃないですか。無口が直ったんですし」

はい。何千時間帯は経過してません。でも少しは経過しました。
ただいま、第一回目の会合数時間帯前です。
そして特訓の甲斐あって、めでたく普通にしゃべれるようになりました。
ディーとダムに再会し、屋敷に帰るのに、もう何の障害もありません!
ぱちぱちぱちー!
「俺としては、もう少し時間帯を置くべきだと思う」
手品師のように資料の最終チェックをしながら、グレイさんは仰います。
今の私は、荷物をまとめた旅行カバンを持ち、出発準備万全です。お世話になった
職員さんたちにあいさつもすませ、前夜には、ナイトメアとグレイさんの三人で
小規模なお別れパーティーも開いていただきました。
でもグレイさんはまだちょっと不安があるみたいです。
「聞けば、ブラッディ・ツインズは些細な誤解が元で、君を害しかけたそうじゃ
ないか。彼らは子供だし、すぐに聞き分けるとは限らない。再会するなら、俺が
立ち会うか、俺と帽子屋を間に置いて話し合った方が……」
でも私は首をふり、グレイさんに微笑みました。
「大丈夫です。私はディーとダムを信じます」
「…………。そうか」
なぜかグレイさん、私の笑顔に、とても切なそうな顔をされました。
でも慈愛に満ちた目で私を見下ろし、
「ブラッディ・ツインズがうらやましいよ」
「さいですか?」
「だが、もし俺の方が先に、君と会っていたら絶対に俺は……」
「へ?」
何か話が変な方向に行く。でもグレイさんは言葉を続けず、
「……いや、何でもない。変なことを言ったな。カイ」
そう言ってグレイさんは笑います。何かを隠した、大人の笑顔でした。
「グレイー。おまえと同じ思いを抱えてる役持ちはたくさんいるぞ」
なぜかナイトメア、慰めるように部下に声をかけます。
「でしょうね」
グレイさんは自虐的に笑われる。何が何やら。

そして、会合開催直前とあって、職員さんたちもバタバタしてきました。
「グレイ様!資料の三番が、十五部足りません!複写機も壊れてしまって――」
「女王と帽子屋に出す紅茶が配送ミスで届きません!グレイ様、どうすれば……!」
「外部勢力奇襲の情報が入りました!グレイ様、ご指示を!」
……なぜかトップのナイトメアではなく、グレイさんに頼り切ってますが。
「慌てるな!落ち着いて行動しろ。まず資料については予備の複写機を――」
グレイさん、キリッと仕事の顔になり、テキパキと指示を出し始めます。
これ以上私がいても、邪魔になるだけでしょう。
――私もそろそろ行きますか。
旅行カバンを抱え直しました。
「ええ、もう行くのか?カイ!」
夢魔が、人の脳内ナレーションに割り込んできやがりました。
ナイトメアは主催者なので、会合の流れの最終確認……をしなければいけないはず
なのです。が、今はデスクで真っ青な顔をして、うなだれております。
「うう、もうすぐ会合か。ああ嫌だ……吐血したい……延期にしたい」
真横でグレイさんがきびきび動いてますが。
――これじゃあ、グレイさんの方が主催者らしいですね。
と、呆れていると、
「じゃあ君がやるか!?代わりにやってみればいいだろう!!」
思考に逆ギレされました。
私は、はいはいと適当にうなずき、頭を下げます。
「短い間でしたが、どうもお世話になりました」
するとナイトメアも少しまじめな顔になり、
「私も楽しかったよ。またいつでも遊びに来てくれ」
そして、さすがにそろそろサボっていられなくなったのか、書類に向かい出す。
私ももう一度頭を下げ、扉に向かいます。
扉に手をかけ最後に振り向き、皆さんに手を振りました。
「カイ、何かあったらいつでも俺を……塔を頼ってくれ!」
本格的に、準備に奔走しながら私に言うグレイさん。
職員さんたちも、声こそかけないものの微笑んだり、手を振ったりしてくれます。
「カイ、また」
「また遊びに来ますね」
何度も手を振り、扉を開けた。
そしてクローバーの塔の人たちにお別れをしました。

扉をバタンと閉めると、あとは私一人だけが残る。
私は顔を上げました。

――これで、ディーとダムに堂々と会えますね。

そのとき、暗い影が一瞬だけ心にさした。

――?

一瞬だけさした心の影は、意識する頃には消えている。
――なんで……?
私の心を的確に説明してくれる夢魔は、分厚い扉の向こう側。
――気のせい、ですよね。
と、長い廊下を、会議場に向けて歩き出しました。
でもなぜか手が、無意識にポケットを探っている。
――あれ……。
指先が、何かに触れる。目で確かめなくともわかる。

あふれんばかりにいっぱいになった、ハートの小瓶です。

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