続き→ トップへ 目次に戻る

■発声練習!

ナイトメアはベッドに起き上がり、冷徹に仰いました。
「ダメだ。まだ帽子屋屋敷には返せない」
――何ですと!?

時間帯は夜。場所はナイトメアの部屋です。
私はエースから逃げた後、まっすぐナイトメアの部屋に向かいました
そして彼が、ベッドで寝ているところを叩き起こしました。
私は心の声をまくしたて『もう大丈夫だから帰りたい』と伝えました。
叩き起こされたナイトメアは、嫌な顔一つしませんでした。
その代わりに、夢魔の顔で冷徹に、拒否をされたんです。

「どうしたんだ?カイ。夜中にナイトメア様の部屋に駆け込んできて……」
流れについて行けないグレイさんが、ベッドサイドに歩いてきました。
トレイをお持ちで、甘い香りのココア三つがのっています。
そう。私が勢いのまま、ナイトメアの部屋に駆け込んだとき、グレイさんもいて、
病弱な上司の容態を見つつ、残業をしておられました。
突然飛び込んできて、無言でナイトメアのベッドに走り、胸ぐらつかんで夢魔を
揺さぶり起こした私にぽかーんとしておられましたが……てへ☆
「カイがな。ちょっとしゃべれるようになったから、帰りたいだとさ。
それとカイ、『てへ☆』は、ともかく……繰り返すがまだ返せないぞ?」
――えー、何でですか!完治しました!ディーとダムに会いたいでーすー!
私は無言で手をバタバタ振る。ナイトメアは人の記憶もいちおう見られるはず。
さっき、私がエースによどみのない言葉で饒舌に拒否の意志を伝え、彼にあきらめて
いただいたこと、ご存じのはずです。
「記憶を美化してるんじゃない!
完治という割に、未だにしゃべるのを面倒がってるじゃないか!」
あ、ヤバ。しかし、ナイトメアはなかなか鋭いことを仰いました。

最後の鍵。しゃべらない環境に慣れすぎ、必要がない限り口を開かない、私の弱さ。
要はしゃべるのが面倒くさい。そんな習慣が私に身についてるんですよね。
ニートの社会復帰は一日にしてならず。
生活習慣と同様に、こういったことは直すのが大変、困難なものです。
「カイ。俺も、ナイトメア様と、君と三人で話してみたい。
俺とも、話してみてくれないか」
相変わらず取り残されつつも、優しい声で言ってくれるグレイさん。
うーむ。そういえば、蚊帳の外な感じで、ずっと失礼な扱いだったかもしれません。
社会性動物というのは、どうしてこうも面倒なのか。
「猫耳とか尻尾とかつけてみるかー?一部のマニアは喜ぶかもなー」
夢魔のツッコミ!ボリスは!ボリスさんはマニアじゃないけど喜んでくれるはず!
私がこぶしを握り、自分のココアに手を伸ばそうとしました。
すると触れる直前で、カップをひょいっと誰かに取られました。
「そうそう。頑張ってしゃべってみようぜ!俺たちとさ!」
エースがそのココアを飲み、一口飲んで爽やかに笑う。
――まあ、そうですね。
ボリスさん、ペーターさん、それと引っ越しで引き離された人たち。
それと、まだ会っていないたくさんの人。そして帽子屋屋敷の皆さん。
口がきけるきけないの問題ではなく、そういう人たちとの心のつながりを、自ら
捨て去るのは、とても悲しいことです。
ディーとダムと仲直りするのはもちろんだけど、その先にもっと笑顔を……。
――……て、私のココア……!!ココア泥棒!!
愕然としてエースを睨むと、私より先に、
「……なぜここにいる、騎士」
さっきと雰囲気をガラリと違え、低い低いグレイさんの声。
「え、俺?ああ、カイの跡をつけてきてさ。
チャンスがあったら××××××しようかなーって。あははは!」
そう笑って空になったカップをトレイに戻す。
「塔の客人に近寄るな、この××××が!!」
両の手にナイフを構え、飛びかかるグレイさん。そして始まる斬り合いの音。
「……しゃべるといっても、ああいう風に余計なことまでベラベラしゃべる女には
なってくれるなよ、カイ」
ココアを飲みつつ、半眼で斬り合いを見つめるナイトメア。ごもっとも。
「だが、君が『大丈夫』と思う意志は尊重したい。
帽子屋屋敷も大分落ちついたと聞くし」
――じゃ、じゃあ、帰ってもいいんですね!?
それにはナイトメアは首を振る。
「まだ早い。もう少しリハビリが必要だ。帽子屋屋敷には会合で返すと伝えよう」
――はい、どうも……。
小さな落胆とともに、エースに飲み干されたココアのカップを虚しく見つめました。

その後――エースさんを追い払った後、グレイさんは改めて私にココア(生クリーム
入り!)を作って下さいました。
立ち去ったエースについては……自分で何とかするでしょう。だって大人だし。
いつか彼の友人が戻れば解決する。そう思いたいものです。
でも落ちついたら、また旅につきあってみてもいいかなーと、思ったりもします。
気が向いたら、ですけどね。


そして。塔での時間はちょっとずつ過ぎます。
「カイ、いただきますは?」
「ぃ、ぃ、ただき……」
「そんな蚊の鳴くような声じゃグレイに聞こえないぞ、カイー」
そんな過酷で凄惨で拷問のようなリハビリに耐え、ちょっとずつ、私は話せるように
なっていきました。

――ナイトメア。本日は声帯を休める休声日にします。私の思考を読んで、勝手に
会話して下さい。
「休肝日かー!!カイ!!どこまで面倒くさがりなんだ、君は!
あと、ソファで寝るな!!もう会合直前でみんな忙しいんだぞ!?」
「……ナイトメア様。あなたがつきあうのも原因の一端では?
ほら、カイ。ふざけていないで発声練習の時間帯だ。来なさい」
――ふぁーい……。
グレイさんには逆らえず、私はソファから起き上がり、気だるく従います。
「うう、ひどい!カイ、私だって偉いんだぞ!!」
「……はいはい」
「うぁ!カイがしゃべった!だがすごく適当な返事だ!!吐血したい……」
「うざー」
「ガーン!!……ゲホ、ゴホっ……!」
何かヤバげなものを吐き出した上司を尻目に、グレイさんは少し厳しい声で、
「カイ。しゃべるにしろ、女の子がそんな言葉使いをするものではない」
「はーい」
お母さんには逆らえませんでした。
「いや、お母さんて……」
ナイトメアのツッコミを背に、グレイさんは鬼教官の顔で、
「では、俺と一緒に声を出すんだ、あ!い!う!……」
「ぁ、ぃ、ぅ……」

こうして、会合の時間帯がゆっくりと近づいてきました。

6/6

続き→

トップへ 目次に戻る


- ナノ -