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■声・下

「俺と一緒にいよう、カイ。きっと楽しい……」
――それは、あなたお一人でしょう!!
エースに抱きしめられつつツッコミを入れる。
うう。とはいえ、状況が危険であることには変わりない。
ヒーロー役を期待したい恋人たちは他の領土で謹慎中。
ナイトメアはご就寝ですし、頼もしいグレイさんは、残業やら会合の準備やらで、
今頃、粉骨砕身されていることでしょう。他の役持ちが唐突に、しかもこんな塔の
最上階に現れる理由もありません。つまり助けの見込みゼロ。目の前には騎士。
「カイ?カイ?……反論はない?じゃあ決まりだな!嬉しいぜ!」
頬に手を当てられ、エースの顔が近づいてくる。
ナイトメアのときと違い、ドキドキする。ただし危機的な意味で。
――え?ちょ、待っ……!
「だって君に異論はないんだろう?何も言わないんだし。
いやあ、嬉しいぜ!大事にするよ、カイ。これで恋人同士だな!」
――ひ、人の無口につけこんできたあー!
自分を大人の男と言っておいて、双子レベルですか、あなた!
そして密着していた騎士が、さらに顔を近づける。もう何センチも離れてない。
か、身体がぎゅうぎゅうで痛い痛い。片手で顔を固定され、動けない、動けない。
しかし今から反論しようにも、どうすれば。
ナイトメアとグレイさん相手でも話せなかった私に、どうやって話せと……!
いつぞやされたキスの悪夢が頭をかすめる。
あのときは、確かユリウスさんに貸していただいた本が――。
――ん?ユリウスさん?
フッと全く違う解答を見つけたような、不思議な感覚が胸をかすめる。
「カイ……」
でも、それを追及するヒマは、今はない。目の前に騎士の顔が迫る。
近すぎて感じる体温、吐息、どれだけもがいてもピクリとも動けない身体。
――い、いや……っ!
ディーとダムのことが頭をかすめる。

ブラッディ・ツインズ。
帽子屋屋敷の双子の門番、トゥイードル=ディー、トゥイードル=ダム。
無邪気で、残酷で、怖い。
でも、ひどいことをされても、何度殺されかけても。
嫌いになれない。あの二人なら、なぜか許してしまう。
いつから、どうして、ここまで惹かれていたのか全く分からない。
でも……ディーとダムと、一緒にいたい。
あの二人のそばに、少しでも長く。ずっと。ずっと。
ディーとダムのことが……好きです。
だからエースとは無理です。それをハッキリと伝えなければいけないんです!!

「……止めて、ください!!」

思ったよりは澄んだ声が、私の喉からまっすぐに出た。


案の定、エースが目を丸くする。
私はその間にバッとエースを振り払い、後ろに下がった。
「へえ、しゃべれるんだ?」
でもエースはまだ、あきらめていない顔。
――いえ、しゃべれるというか……。
と、言おうとして、恒例のお口ぱくぱく。あー、また声に出なくなりました。
いや、でもちょっと今、コツをつかめた気がしますね。スイッチの在りかというか。
「あ。しゃべれなくなった?ならまだ大丈夫かな」
……なんだって、そこまで私に絡んでくるんですかね。
――いえ、分からないでもないですか。
脳裏に、長い藍の髪がかすめる。
「何か言いたい?カイ」
私はしゃべる必要を感じず首を振る。
この場に関係ないし、私が追及していいことじゃあないです。
まあ、絡まれるのは困りますけど。

……ともあれ、さっきの、たった一言で少し分かってきました。
ナイトメアの『ほとんど治っている』という意味も理解出来ました。
多分、そのときが来て、私にその意志があれば、会話は可能でしょう。

――なら、私はまたディーとダムに会える。

顔を上げる。どうしてか世界が明るい。ドアの声が、なぜか遠くなった気がした。
エースは変わらない笑顔で私を見ている。そしてポツリと、
「君って、やっぱり面白いよな」
私の無言百面相に何か感じていただけましたか。はてさて。彼は自分が寂しいから、
私に絡んだのか……寂しそうな私を見て、構ってあげようとしたのか。
――はあ……やはり、これもキッパリ言わないと伝わらないですか。
私はちょいちょいと手招きし、エースに身体をかがめるようジェスチャーする。
「ん?何なに?恋人にキス?」
――違うわ!
私の態度がさっきと真逆だというのに、警戒もせずエースは素直に身をかがめる。
よっし、手の届く場所に顔がある。無駄に高身長め。
「いたっ!」
まずポカッと頭を叩いてやると、エースは痛くもなさそうな声を出す。
でも彼に反撃される前に私は、耳元で小さくささやきました。
声がかすれる上、ぎこちないのはご勘弁を。
――伝える。伝えなきゃいけないことを、ハッキリ伝える!

「ごめん、なさい。ディーと、ダムが……好き、なんです。
あなた……と、おつきあい、は……出来、ません」

そして相手の反応を見るより先に、クルッと彼に背を向ける。
そして軽快な靴音を立て、階段を走って下りていった。

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