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■声・上

ドアの一つの前で手を振るのは、やはり赤いコートの男性。
会合前に、どこも忙しいらしいというのに、暇人な……人のことは言えませんが。
「あははは。君も散歩?俺たちって、本当に気が合うよな」
いえ何かもう、突っこむ気力もないというか、何というか。
一見、屈託なさげに笑う、ハートの騎士エース。神出鬼没の御方です。
「待ちなよ、カイ」
身をひるがえすヒマもなく、一瞬でエースは私の傍らに素早く移動し、馴れ馴れしく
肩を抱き寄せてきました。挙動は爽やかですが、なかなかに力が強い。
――……っ!
以前、襲われかけた私は、少しだけ身体を強ばらせる。
けどエースはそんなことなど、完全に忘却したかのように顔をよせ、
「噂で聞いたぜ、カイ。帽子屋屋敷を出たんだって?
ペーターさんとか、色んな友達が君のこと捜してたらしいぜ?
モテる余所者は辛いよなあ。あはははは!」
……帽子屋屋敷を出る原因を作った男が、何をほざくか。
そんな思いが私の顔に出たのか、エースは笑みを少しだけ消す。
「双子君が好きなんだ?」
――……はい。
私はエースの目をまっすぐ見て、うなずく。

「マフィアの門番だぜ?出会ったとき、斬られたって聞いたぜ?いいの?」
次の質問にも、私はためらいなくうなずく。
葛藤もありましたが、もういいんです。許します。
「相手が『二人』でも好きなんだ?」
……ちょっと間を置いて、うなずく。
えーと、その、体力的に、ちょいキツイんですが……えこひいき出来ないしなあ。
ま、まあ、私が頑張ればいいんだし。う、うん。頑張ります。
「『子供』でも好きなんだ?」
…………かなーり間を置いてうなずく。い、いやあ。向こうは大人になったし、私は
大人じゃないし、ここ、異世界だしぃ……結論。私が目をつぶればどうとでもなる。
「目をそらしてるぜ?カイ」
くそやかましいですわ、変態。


「はあ。完璧に嫌われちゃったかなあ」
エースは私から手は離さないまま、扉に向かい、ため息らしくないため息をつく。
『嫌う』も何も、良くて友達の友達。好きだったことなぞ、ありませぬがな。
「本当だぜ?俺は君を思って、ずっと眠れない夜を過ごしたんだぜ?」
……死ぬほどウソくさいですなあ。
すると騎士はまたも表情から読み取ったのか、大仰な仕草で、
「ウソはつかない!具体的に説明すると、夜のテントで君を想像しながら――」
――そんな生々しい説明はいらんわっ!!
だが言葉にしがたく、ペチッと騎士をはたく。
すると、驚いたように振り向くエース。
「へえ……」
――な、何ですか。
まじまじと見下ろされ、多少のトラウマもあって、尻込みします。
「いいや?ジレンマだと思っただけだよ。うじうじしてる君は可愛い。
でも、そのうじうじの原因は双子君にあるんだ。ねじくれた恋だよな」
それらしい言い方はされていますが……要は人のゴタゴタが楽しいだけでは。
「カイ、カイ」
子猫を呼ぶように言われ、頭を撫でられます。警戒しつつ見上げると、
「恋人は諦めてあげてもいいぜ」
何ぞ、その上から目線。しかしエースは太陽のように、
「俺を浮気相手にしてくれよ!双子君と君と俺で、どろどろの三角関係をやろうぜ」
……歯をキラリと光らせ、言うことがそれですか。
あと、メンツは四人なので、四角関係……なのかな?

――あなたの悪ふざけで、どんな迷惑を被ったと思ってるんですか!
不愉快さを表情から隠しもせず、私は少し動き、エースから距離を取ろうとする。
あいにくと私の恋人は子供。大人の許容力もなければ、呼吸を整え、落ちついて
話し合う、という忍耐力も持ち合わせていません。しかも二人。身体は大人。
「大丈夫、大丈夫。俺が君を守るって!」
陰惨な愛憎関係を提案しておいて、爽やかにほざくか。
さらに身体を離そうとすると、エースは逆に身体を寄せてくる。
ちなみに、あたりは無人。相変わらず、私の喉からは悲鳴さえ出ませんで。
「俺から逃げられると思う?」
ニヤニヤニヤ。あっと思う間もなく、手を取られ、一気に引き寄せられた。
――わっ……!
気がつくと騎士の両腕に囚われていた。
――ちょっと……離して下さい!
身をよじるも、腕はビクともせず、逃げられない。
と思うと身体をさらに抱き寄せられ、密着させられる。
まるで恋人同士が甘く抱き合っている構図ですが、完全に誤解です。
時計、時計の音がします。ディーとダムの胸から何度も何度も聞いた音。
「カイ……」
恋人ではない騎士が、私の髪に口づける。そして切なそうな声が耳元でした。
「なあ、俺と一緒にいようぜ。君を傷つける双子なんて捨ててさ。
大人の男と、ちゃんとした恋愛をした方がいい」
……なんだろう。このツッコミどころ激安市は。

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