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■騎士は療養中4

「……本当に考えなしだな、お前は」
あえて冷たい声で言い、治そうとしていた包帯の一点を拳で叩く。
「――っつう!!」
エースが痛みに震え、拘束が弱くなる。
ユリウスはあっさりとそこから抜け出すとエースを見下ろし嘲笑した――膝立ち
なので、サマになっているか怪しいが。
「押し倒す体力はなさそうだな。
今のお前が目的を果たしたいなら私が協力しないと無理だろう。
もちろん、残念ながら私も仕事が山積みなわけだ。悪いな」
珍しくエースの上位に立てて良い気分だ。
ユリウスはそのまま素っ気無く梯子から下りようとし、
「…………離せ。本気で怒るぞ?」
エースがユリウスのコートの端をつかんでいた。
さっきと違い、弱い力で。

「なあ、ユリウス。俺からするのがダメなら、ユリウスが俺を襲わない?」
「またふざけたことを……まだ重傷なんだぞ、下手に動けば――」
「ちょっと深くなったって関係ないさ。
もうすぐ時間帯が変わって、そろそろ傷が治るんだから」
「だからって、体の負担を押して、今無理にすることはないだろう?
それにお前のことだ。傷がふさがったら……。
そうしたら……いかがわしいことをする気だろう?」
エースは破顔した。
「ああ、するぜ。いーっぱいする。治った瞬間にユリウスを押し倒すよ。
寝てる間、ユリウスにどんなひどいことしようかたくさん考えてたんだ。
やれるだけやって、出すだけ出したらユリウスを放置して俺は旅に出る」
何という悪夢のようなやり取りか。
だが悪趣味な悪ふざけかと思えば、エースはどこか真面目な顔をしている。
「つまり、ユリウスが俺より強いのは今だけのほんのわずかな時間だけなんだ。
俺はもう二度とこんな機会は作るつもりはないぜ?
何もしなくて本当にいいのか?」
「だから何だ。泊めてやった礼に抱かれてくれるというのか?」
エースはまっすぐユリウスを見ていた。


「だから何だ。泊めてやった礼に抱かれてくれるというのか?」
だがエースはまっすぐユリウスを見ている。どうも本気らしい。
もしかしなくとも……誘われている、というやつだろうか、これは。
いつも好きにされてる自分が、好きにしていい?
思わず唾を飲み込み、そこで我に返る。
――いやいやいや、待て!おかしいだろう、何か。
非常に非常に今さらだが、自分たちは男同士だ。
エースが自分に対して思うところはあっても、その逆はないはずだ。
「俺、結構期待してたんだけどな。いつもひどいことしてる俺がろくに動けなくて、
閉鎖状態の時計塔ってシチュエーションだろ?ユリウスが暗黒面剥き出しにして、
日ごろの仕返しとかしてこないか待ってたんだぜ。なのにそういう意味じゃ指一本
触れなくて、動けない俺に甲斐甲斐しく看病してくれるんだから」
「……何で面倒見て文句を言われるんだ。さっぱり分からん」
「分からないのは俺のほうだぜ。ユリウス、俺を嫌いじゃないのか?
殺したくならないのか?」
「いや、別に」
即答する。
エースの目がわずかに見開かれた――気がした。

関係は一方的だが、ユリウスの側にうまみがないわけではない。
今やエースは時計塔の重要な戦力だ。
無報酬で命の危険もある仕事を、好んで引き受ける。
むしろ自分の体だけでは見合った対価になっていない気もする。
だが、エースは頑として報酬を拒みつづけている。
「お前のことは何とも思っていない」
エースは力が抜けたように手を離す。
「やっぱりユリウスはすごいなぁ……全然、俺に執着してくれないんだ」
皮肉とも本心からの賞賛とも、失望とも取れる。
エースは蓑虫のように布団に包まった。
それを見て、ユリウスは何とも言えない気持ちになる。
自分には何一つ落ち度がない。それは確かだ。
それなのにエースに罵倒されているような奇妙な罪悪感がわいてくる。
急に、ユリウスは時計がきしむような感覚を覚えた。
そしてふいに乱暴な手つきでエースを守る布団をはいだ。

「え……?ユリウス?」
今度はエースが訳の分からない顔をする番だ。
ユリウスは重いコートを脱ぎ捨てると無造作にベッドから放る。
続いて時計付のタイを抜くと、ベストと一緒に放り投げた。
そして、強引にエースの両脇に両手をつくと、エースに口付ける。
「勘違いするな。怪我が完治して襲われる前に、襲う体力を奪っておくだけだ」
なるべく冷たく言ったつもりだが、多分演技にしか見えていない。
「本当に?夢魔さんの悪ふざけとかじゃなく、俺本当にユリウスに襲われてるんだ」
予想外の展開だという顔をしているのはエースの方。
挑発するだけしておいて、ユリウスが乗ってくるとは思っていなかったようだ。
「ユリウス、もっとキスしてくれよ。もっと深く……」
「うるさい、黙れ」
言いながらも唇を塞ぐ。
「ん…………」
「ぁ…あ……」
舌と唾液が絡み合う。
角度を変え、より深く強く。
体が熱い。
「エース……」
圧し掛かる自分の下で、エースのモノが再び起ち上がり始めているのを感じる。
いつの間にか、二人は強く抱き合い、互いに唇を貪っていた。
狭い部屋に水音が響く。
窓の外の夜空は変わる様子も無い。

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