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■騎士は療養中3

安らかな寝息を立て始めたエースに布団をかけてやり、梯子を下りる。
そこで時間帯が代わり、窓の外は夜の刻に入った。
ユリウスは小さなランプをつけると、作業机に戻った。
薄暗い部屋には静けさが戻る。
エースの寝息、ユリウスが時計を修理する音、ちくたくと針の音。

夜の時間帯はゆっくりと過ぎていった。

ユリウスは窓の外を眺める。
空虚に澄んだ夜が広がっている。
「そろそろ時間帯が変わるころか……」
今の時間帯になってからユリウスが修理した時計は、そこそこの数になっている。
ユリウスはチラッとベッドに目をやり、立ち上がった。
――もう、完治する頃合いだな。
巻き戻るようにエースの傷が消滅するとき。
それは、短い同居生活の終わりを意味する。

ベッドの梯子を、音を立てないよう上る。
未だ包帯だらけで横たわるエースはいびきをかいて眠っている。
周りには、数ページ読んで放置されたらしい剣術本、二問目で挫折したパズルの本、
空になった傷薬の容器、半分食べたサンドイッチ、ゲームのカード、勝手にほどいた
包帯やガーゼ、その他食べかすや紙くずなどが散乱している。
「全くだらしのない……」
汚れは消えるとはいえ、自分の寝場所を汚されるのは我慢できない。
ぶつぶつ言いながら、ゴミを片付けはじめるユリウス。
ベッドの上を一通り片付け、ゴミ袋につめて床に放り投げる。
その衝撃か、眠っているエースの眉間にしわが寄り、かすかにうめき声がした。
「エース?」
返答はない。
ユリウスは改めて窓の外を見た。
静寂の月夜が広がっている。
時間帯が変わらなければエースの傷も治らない。
ユリウスはためいきをついた。
今の自分は、もう一つの醜い思いを抱いている。

――早く怪我を治して出て行って欲しい。

最近の二人は上手く行っているとは言いがたかった。
エースが療養を始めて、それなりの時間帯が経った。
彼も時計塔での生活に慣れてきたようだ。
とはいえ、客も少ない時計塔の日々は単調だ。
エースはやることもなくダラダラ眠りこけ、窓の外を眺めては旅に出たいと嘆く。
傷とは別の意味で元気がなくなってきたようだった。
ユリウスは話し相手になったり、本を買ってきてやったり、時々作業を止めてチェスの
相手をしてやったりしたが、エースは退屈だ外に出たい旅に出たいと鬱陶しいくらい
繰り返す。根っからのアウトドア男は容易にインドアにはなれそうもない。
次第にユリウスもうんざりしてきた。
好意で泊めてやって包帯の代えから食事の世話までしてやってるのに、愚痴ばかり。
だが分かっていたはずだ。
ルールに背き、己の役を捨てたいと本気で願うほど、この男は束縛を嫌う。
その執着たるや、もはや病の域と言っていい。
しかし改めて突きつけられると黒い思いばかりがうずまいてしまう。

――そこまで私と暮らすのが嫌なのか?

外に出たいと嘆かれるたび、苛立ちが募る。
心が乱れると作業能率も落ちる。
来客も少なく仕事に専心出来た以前の生活がたまらなく懐かしかった。
こうなったら早く傷が消えて欲しいと時間帯の経過を待っていた。

片づけを終え、ベッドから降りようとして、ふと目の端に赤が見えた。
勝手に傷口を確認しようとしたのか腹の包帯がゆるみ、その下に血がにじんでいる。
ユリウスはためいきをついてエースの上にかがみ、包帯をしめなおそうと……
「――エース、手をはなせ」
「いやあ、襲われそうになってるから、つい抵抗っていうか?」
「誰が襲うか!!」
いつの間にか起きていたらしいエースに手首をつかまれていた。

熟睡して多少体力が戻ったのかそれなりの握力がある――つまり、痛い。
「包帯を締めなおすから離せ。傷口が開くぞ」
傷口が開いたら治りが遅くなる。
「ユリウス」
ふいにエースに名を呼ばれた。

「何だ?」
「旅に出たい」
言葉が胸に刺さる。
「……ああ、早く傷を治して旅でも何でも出て行ってくれ」
突然、エースが背中に腕を回してきた。
強い力で引かれ、ユリウスはバランスを崩してエースの上に倒れこむ。
傷の上に思い切り長身の体をぶつけられたエースは顔をしかめ、かすかにうめく。
「自業自得だ、馬鹿者」
「ユリウス…」
身を起こそうとするが、エースは離さない。
痛くないはずは無いのに。
そこでユリウスは腰の辺りに触れるものを感じた。
「ばかっ……お前……何で反応して……っ!」
真っ赤になってもがくが、腕の力は強い。時間帯が経過しないと治らぬ傷だと
高をくくっていたが、本人の自然治癒力も相当なものだったようだ。

「ユリウスって、俺が寝込んでる間、包帯代えるとき以外、指一本触れてこなかったよな」
「……それがどうした。私からお前に触れる理由などあるのか?」
言うとエースは、あははは、と空虚に笑う。
「意地悪だな、ユリウス。俺だって辛かったんだぜ?
すぐそこにユリウスがいて、ずーっと一緒にいるのに何も出来ない。
でもやっと動けるようになってきたからさ」
お礼をさせてよ?と艶めいた笑みで言われる。

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