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■騎士は療養中2

ケガ人はとにかく、うるさかった。
「ユリウス、暇だよ。カードでもしようぜー」
「食事まだー?」
「それ、何の作業なんだ?」
「あれ取ってきてくれ」
「珈琲、淹れてくれよ」
「ユリウス、働きすぎだぜ、少し休めよ」
「こっち来て休憩しようぜ」
「ユリウス、ユリウス、ユリウスー」

…………うるさい。

静けさは、半時間帯も続かなかった。
しゃべるのを止めないわ、顎でコキ使うわ、仕事に口出しするわで、邪魔なこと
この上ない。オマケに眠る気配も無くベッドから降り、作業場をうろうろし始める。
下手すれば傷口が開きかねないし、そもそも動くのも辛い傷のはずだが頓着しない。
なら、少し動けばすぐ懲りるだろうと、簡単な仕分け作業を頼んでみた。

「馬鹿、それは私が仕分け終えたネジ類だ!混ぜようとするな!!」
「部品を窓の外にぶちまけた?あれは納品に何十時間帯もかかる特注品だぞ!」
「お前は馬鹿力なんだ、その部品はもろくて壊れやすいから………あ……」
騎士に繊細な作業は向いていないようだった。
オマケに無理に動いたせいで、また顔色が悪くなってきている。
「やはり手伝わなくていい。もう大人しく寝ていてくれ」
再度ベッドに追い返そうとするが、
「掃除でもいいから手伝わせてくれよ。ユリウス働かせて俺だけ寝てるなんて
ヒモみたいで申し訳ないじゃないか」
いつもはユリウスの意向などそっちのけの男が、変なところで殊勝なことを言う。
……微妙に引っかかる例えを出してきたが。
押されたユリウスはためいきをつき、ホウキを渡した。
エースは爽やかに、
「よし、ユリウスのために頑張って掃除するからな!あ……っ」
すっ転んだ。
そしてすっ転んだ拍子に、積んであった時計の山に激突した。
あちこちの傷が開き、××が、床に、工具に、修理した時計の上に撒き散らされる。

「…………」
ユリウスは無言で包帯を巻きなおしてやると、有無を言わさずベッドに追いやる。
「慣れてないからだよ!何回もやれば出来るようになるって!」
エースはベッドの柱にしがみついて、のぼること抵抗する。
「これ以上、ごちゃごちゃ言うなら薬で強制的に眠らせるぞ!」
そこでエースはパッと明るい顔になり、
「あ、それじゃあ、し慣れてるお返しをするよ!
疲れてるユリウスを、俺が体で――」
ユリウスは、無言で愛用のスパナをエースの後頭部に振り下ろした。

……ここで冒頭部に戻る。

バカを無理やりベッドに押し戻し、時計塔の番人の力を使って、エースの動ける
空間を制限した。
その後、ユリウスは黙々と作業に勤しんだ。
エースは後頭部のコブをさすりつつ、懲りず退屈そうにしていた。
重傷を負っても頑丈な男は、なかなか眠らない。

…………
時間帯が変わってもうるさい騎士に、いい加減、限界だった。
「そこまで眠れないなら本でも買ってきてやるから読んでいろ」
「えー、俺、本読まないぜ。頭悪いから分からないんだよなー」
「じゃあトランプでもやるから、一人でカードゲームでもしていろ」
「ユリウス、冷たいな。それこそ退屈だ。余計落ち着かないぜー」
そこでユリウスははたと気づいた。

――『余計』落ち着かない?

そもそも滞在療養が必要になる重傷だ。体が休息を求めていないはずが無い。
だがエースは今に至るまで眠る気配もなく、ひたすらうるさい。

――……まさか……緊張、しているのか?あのエースが?

しかし、そうとしか思えない。
緊張するから眠れない。ごまかすためにひたすらしゃべる。
気を使って家主を手伝おうとする。
そしてユリウス自身もエースの不眠を後押ししている。
傷が気になって仕事が手につかず、エースの相手をして起こすのを手伝っている。

自分たちは互いに慣れていないのだ。
同じ屋根(というか塔)の下に誰かがいる、誰かといるという状況が。

――って、新婚夫婦か私たちはっ!!

あまりに恥ずかしい発想に一人赤面する。
ユリウスは頭を振って立ち上がり、ロフトベッドへの梯子を上がる。

「え……?」
まさかユリウスの方から構いにくると思わなかったのか、エースは目を丸くする。
そしてすぐ怯えた様子になり
「え……ちょ、ちょっと待ってくれよ、ユリウス。そりゃ今回はユリウスに貸しを
作っちゃったし、前から一度は俺が下になってもいいかなーとか思ってたけどさ。
な、何ていうかさー、俺も心の準備とか体の準備とか――」
「何を勘違いしてるんだ、お前はっ!!」
「いやいやいやユリウスの技術力に対する期待と不安とかは……あるけど、
何ていうか、その、あの……まあ……初めてだから優しくしてくれ、な?」
「だから何を勘違いしてると言ってるんだ!!」
殊勝に目を閉じて横になるエースに、何度目になるか分からない怒声を浴びせる。
それに記憶する限り、この男が自分にした『初めて』は、優しさとは無縁だった。
アホらしいやりとりに疲れ、ユリウスはエースの横に寝転がる。
男二人を支えるベッドがぎしっときしむ。

「ユリウス?」
今度は本心からいぶかしげにエースが見てくる。
ユリウスはエースの目に手を当て視界をふさぐ。
「??」
訳が分からないといった状態のエースだが、それでも手をどかそうとしない。
「十数えるんだ」
「え?え?……え?数えてどうするんだ?十数えたら?」
「次は百数えろ。百数え終えたら千……寝るまで、そばにいてやるから」
こうなったら、そばにいて興奮を冷まし、寝かしつけるしかない。
「分かった……でも、俺が寝るまで手をどかさないでくれよ」
「ああ」
手のひらの下にエースのまつげが触れ、目を閉じるのを感じる。
エースは大人しく一、二……とぼそぼそ数え始める。
疲れきっていただろう体が眠りにつくまで二十も必要なかった。

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