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■時計屋争奪戦3

「ん……」
コートの下に潜り込んだ指がシャツの上から突起を刺激し、身体がビクリと震えた。
押さえつける身体はいつものこととはいえ、いくらもがこうがビクともせず、
次第にこちらが抵抗に疲れてくる。
体力の無さを嘆きつつ息を吐いているとエースの手が、下にかけられる。
「おい、本当によせ!こんなところで、誰が通るか……」
「あはは。そんなの俺は――おっと!」
「!?」
何が起きたのか分からなかった。気がつくとエースの手が腰を抱えている。
「ユリウス、下ろすぜ」
「うわっ!」
腰を抱えていた手を離され、そのままユリウスは雪の上に転がった。
どうもエースが自分を抱きかかえ、横に跳んだらしい。文句を言おうと顔を上げると、
たった今まで自分たちがいた草むらには鋭利なナイフが突き刺さっていた。
「くそっ!しくじったか……」
ジョーカーの声がした。塔の陰から姿を現したのは監獄の所長だった。エースは、
「ジョーカー、空気を読んでくれよ。見ての通り、俺が勝ったんだぜ?」
「うるせえ!まだ決まってねえだろ!いいから勝負しろ、処刑人!」
「君のそういう喧嘩っ早いところ、嫌いじゃないぜ」
笑ってエースが剣を抜き、激しい攻防戦が始まった。
ユリウスは巻き添えを食らう前にと起き上がり、今のうちに逃げようと走り出すと、
「ちょっとちょっと、賞品が逃げないでくれるかな」
「ジョーカー!!」
どこから現れたのか、道化の団長がユリウスの腰を抱いて引き寄せた。

「おい、ジョーカー!人に黙って勝手なゲームを始めるな!!」
ここぞとばかりに抗議するが、
「ええ?だって君、珈琲豆を受け取ったじゃない。あれ、高かったんだぜ?」
「あんなもの、のし付けて返してやる!鬼ごっこならお前らだけでやってろ!」
すでに開封して飲んだことは隠しておくことにした。
「だって賞品がないと張り合いがないじゃないか。君だって作業室にこもって
ばかりじゃ、たまって仕方ないだろ?俺は親切心で言ってるんだよ?」
「どこが親切だ!」
親切というか大きなお世話の部類だ。そしてエースと所長の斬り合いもうるさい。
ユリウスは渾身の力でジョーカーの腕をふりほどくと、懐から銃を取り出し、宙に撃つ。
さすがにエースたちも動きを止め、ユリウスを見る。ユリウスは激怒を押し殺し、
「お前たちの勝手なゲームに私を巻き込むな!ゲームは終わりだ!」
「えー、ユリウス盛り下がること言うなよー」
エースがうるさい。ユリウスは冷たくにらみ、
「黙れ!大体、暇を持て余せる身分ではないだろう。仕事をしろ、仕事を」
出来る限り厳しく言って、きびすを返す。しかし内心では、

――よし、空気は崩した。後はこのまま立ち去れたら……。

「うーん、じゃあさ、このゲームは全員が勝者ってことでいいのかな」
のんきなジョーカーの声。ユリウスは一刻も早く立ち去りたくて、
「ああ。それでいいんじゃないか?」
「ああそう。じゃあユリウス、がんばってね」
「は?」
振り向いた瞬間、後ろから腕を回され、両肩を拘束された。
「お、おい!何を考えている!!」
背後のジョーカーに怒鳴ると、
「ええ?全員が勝者だから、全員で等しくユリウスを愛そうって話」
「じ、冗談ではない!離せ!おい、エース、何をしてるんだ!」
動けないのをいいことにユリウスの前をゆるめ出すエース。
「ユリウス、蹴らないでくれよ。あんまり暴れると三人分体力が保たないぜ?」
「馬鹿、どこを触ってるんだ。おい、そっちのジョーカー、見てないで止めろ!」
粗暴な方のジョーカーに必死に怒鳴る。彼は何か葛藤している顔でユリウスを見ている。
「ジョーカー、もちろん君も入るよね?」
「あ、ああ、そうだな」
「ユリウスが暴れるから、足を抑えててくれないか?先にやっていいからさ」
「あ、ああ……」
やや歯切れが悪く近づいてくるジョーカーをユリウスは睨みつける。
「おいジョーカー、お前、監獄の所長なのに、こんな乱れたことを許すのか?」
この世界では言いがかりに近い言葉だが、ジョーカーは足を止めてくれた。
「あのよ、お前ら。もう少し……その、時計屋のこと考えたらどうだ?」
珍しく、本当に珍しくまともな言葉がジョーカーの口から出た。
「ほ、ほら、ジョーカーもそう言ってるだろう。だから、こんな馬鹿げた――」

「場所を変えようぜ。ここだと外だし、時計屋も寒いし、落ちつかねえだろ」
斜め上だ。斜め上だった……。

「えー、俺、雪なんて気にしないぜ?」
「いや俺もさ、寒さが少し気になってたよ、処刑人」
「鍛え方が足りないんじゃないか?ジョーカーさん。あはは」
エースは団長と脳天気に談笑し、監獄の所長は、
「じゃあ、四人で監獄に行こうぜ。暖炉もベッドも道具もあるしな」
「いや、待て、道具って何だ、いや、本当に待て!!」
このままだと、何がどうあってもベッドに連れ込まれる流れになってしまう。
だが逃げようにも白い方のジョーカーにガッシリと腕を拘束されている。
「じゃあ行こうか。新しいアレも試してみたいしね。楽しみだね。ふふ」
絶望の二文字がユリウスの頭に浮かびかけたとき、
「おい、塔の敷地内で騒がないでもらおう」

グレイ=リングマークが立っていた。

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