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■サーカス南瓜戦線・上

あるとき、時計屋ユリウスは顔を上げ、時計を修理する手を止めた。
誰もいない作業室で、彼はぽつりと呟く。

「……南瓜(カボチャ)の煮物が食べたい……」

「……面倒だな」
そして修理を再開し、いくらも経たず、また呟く。
「……南瓜の煮物……」
なぜ唐突に自分が南瓜を欲したのか。理由は何となくわかっている。
ユリウスは今、サーカスのある世界にいる。
退屈に飽いている連中は、季節が来ると行事にイベントにがぜん張り切りだす。
帽子屋の狂った面々も例外ではない。ハロウィン・パーティーを大々的に開催する
との噂がユリウスの耳にまで入ってきていた。

→ハロウィン
→ジャック・オ・ランタン
→南瓜
→南瓜の煮物
……連想ゲーム終了。

「…………」
ユリウスは首をふって時計の修理を再開する。
しばらく、規則正しい時計の音と、工具を動かす音だけが響いた。

「………………」
また、食べたくなる。
普段ろくな食事をしていないからこそ、一度味覚の欲求に取り付かれると、それを
拭い去ることは難しかった。
「……はぁ……」
ついに一人ため息をつくと、工具を置く。
さて、どうやって南瓜の煮物を手に入れるのか?
問題は、自分がこの作業室……さらに言うならこの作業台から一歩たりとも動きたく
ないということにある。
外に食べに行くような愚にもつかない真似はしたくない。
ユリウスはその明晰な頭脳で考える。

南瓜を食うために必要なものは何か。

南瓜の煮物=南瓜+煮汁+鍋+火力+調理場所+諸経費

「…………」
思わず頭を抱える。
何と困難が多いのだろう。
――あきらめるか。
ユリウスはまた、ため息をついて修理を再開した。

…………
――煮物、煮物、煮物、煮物、南瓜の煮物……
食べられないとなると余計に欲しくなるのが人のサガ。
幻聴のように頭の中をグルグルする欲求にユリウスは悩まされていた。
いい加減、敗北を認めて外に食べに行こうかと思いかけたとき、
「ユリウスー、久しぶりだなー!」
「――っ!!」
ハートの騎士が来た。
その瞬間に全てがつながる。
アウトドア標準装備の男、野外設営に長けた迷子騎士。

『煮汁+鍋+火力+調理場所(+諸経費)』

全てを兼ね備えた存在がそこにいた!
「よく来たな、エース!!」
ユリウスは笑顔で立ち上がる。
「――へっ? はぁっ!?」
怯えた表情で瞬時に後ずさるエース。
「どうした? 私が歓待の意を表わしたことが、そこまで意外か?」
「あ……いや、その、えーと……どうしたんだ?」
めったに見られない怯えた顔で、上目遣いにオドオド聞いてくる騎士。
「いや、その実はだな――」
ユリウスはそこで言葉を切る。

――南瓜の煮物が食いたいから協力しろ。

……何だか勝手な頼みな気がしないでもない。
しかもこの男、爽やかな外見に反して反応の予測がつかないところがある。
『いいぜ。ユリウスの頼みなら喜んで協力するさ!』
普通にそういう反応が来そうな気もする。だが、
『そうかそうか、俺に協力してほしいなら、ユリウスが先に協力し(以下略)』
そういう反応でもおかしくない気がする。最終的に食えるだけならまだいいが、
『えー、俺は食いたくないから、嫌だよ。じゃあ、俺適当に仕事に(以下略)』
『俺は南瓜よりユリウスの方を食べた(以下略)』
特に後者は最悪だ。ベタすぎる上に、南瓜が食えず、やられっぱなし。
「どうしたんだ? ユリウス?」
「あー、いや、その……」
「何々? もしかして歓迎の照れ隠し? 可愛いなあ」
ニヤニヤ。まずい、敵が調子を取り戻してきた。
「うんうんうん、本音が出て照れちゃったんだろ。じゃあ俺も期待に応えないと」
――お前のような奴は一生、黙ってろ!
言いたいが、機嫌を損ねられても困るので言えない。
まだ警戒を解かないが、それでも少しずつにじりよってくるハートの騎士。
まずい。このままでは最悪の展開だ。
ユリウスは立ち上がり、エースの肩をつかむ。
「エース!」
「な、何だ?」
またも気勢をそがれ、わずかに身を引くエース。
――しかし、ここで何を言えばいいんだ?
私のためにキャンプセットを貸してくれ?
お前のような奴は、一生黙ってろ?
南瓜の煮物を一緒に作らないか?
とりあえず、ここにいてくれないか?
違うワードも入っている気がするが……まあ、適当に言えばいいか。
「エース……」
「あ、ああ、何だ?」

「私のために、一生一緒にいてくれないか?」

「…………え?」

…………

………………
 
……………………


間違えた。いろいろ。


「う、う、うわあああああああっ!!!!」
「え……ユリウスっ!?」
もはや部屋から出たくないとか言っている場合ではない。
ユリウスは脱兎のごとく部屋から逃げ出した。

…………

街に出たユリウスは全てを忘れることにした。


「ふう。この店にもないか」
ユリウスは看板のメニューを見てため息をつく。
不運なことに、街の食堂で南瓜の煮物を出しているところはなかった。
「仕方ない。本当に自分で作るか」
そこでユリウスは青果店で一抱えある南瓜を買う。
「う……重いな」
ずしっと両腕に来る。かなり大きな南瓜を買ってしまった。
これでは一度、自分の作業場に戻るしかない。
――あと買うものは煮汁の材料と鍋と……
と頭の中で考えていると、
「あれ? ユリウス? 今日はサーカスじゃないよ?」
「は?」
道が開けた目の前に、道化服のジョーカーがいた。

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