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■時計屋争奪戦1

※R18

……そもそもの始まりは何だっただろう。
時計屋ユリウスに思い当たるフシがあるとすれば、あのときの道化との会話だ。

…………
「ユリウス、この珈琲豆、欲しくない?」
仕事の用件でサーカスを訪れたときのことだった。
サーカスの団長、白のジョーカーがそんなことを言って袋を渡してきた。
袋のラベルを見て、ユリウスは少なからず驚いた。
その珈琲豆は、入手にそれなりのルートと時間を要する貴重品だった。
だが相手はあのジョーカーだ。それなりの見返りを求められるはず。
顔に警戒心が出たのかジョーカーは苦笑しながら、
「あのさ、すぐにそっちの方向に勘違いしないでくれるかな。
ちょっと君の時間が欲しいんだ。次のクリスマスにね」
意味を計りかねてジョーカーを見ると、彼は笑いながら、
「その時に内輪のゲームをしようと思ってさ。
君に勝負の判定役になってほしいんだ。報酬はこの珈琲豆でどう?」
「勝負の判定役?球技でもするのか?」
「まあ、そういうこと。一つの標的を追い回すわけさ」
ユリウスは考えた。怪しすぎる、要警戒、警報発令、即座に拒否するべきだ。
一瞬で決断を下し、断ろうとすると、ジョーカーが強引に珈琲豆を押しつけてきた。
「じゃあ、ゲームは勝手に始まるから、君は適当にブラブラしててよね」
「は?ちょっと待て、私は引き受けるとは一言も言っていない!」
すると相手はわざとらしく驚き、
「ええ?だって珈琲豆、受け取ってくれただろ。
貰う物だけ貰って、やっぱり嫌ですなんて勝手すぎないか?」
「いや、これはお前が今無理やり押しつけたものだろう!」
突っ返そうとするが、サーカスを仕切る道化は速かった。
「じゃあ、頼んだよ!」
「ま、待て、ジョーカー!」
引き留める間もなく、道化は路地裏に消えた。
ユリウスは珈琲豆を持って呆然と立ち尽くし、負け惜しみのように考える。
――ま、まあ、どうせ暇だ。それに勝負の判定役なら、あれだ。
球技ならドッヂボールとかサッカーとか、そんなことをするのだろう。
ボールが線の内に出たか外に出たかを見る程度ならユリウスにも出来る。
……しかし『あの』ジョーカーたちが爽やかにドッヂボールをする。
想像してしまい、一瞬激しく戦慄したが、あまり考えないようにしてユリウスは
珈琲豆を抱え、クローバーの塔への道を急いだ。
……その珈琲豆で淹れた珈琲は最高に美味しかった。

…………

そして数時間帯後、惨劇は開始された。


「え……今の……」
「あの役持ちの方って……」
すれ違う顔なしたちの声が聞こえるが、ユリウスは止まらず走り続ける。
そのクリスマスの朝、ありえない光景がクローバーの塔で繰り広げられていた。
時計屋が走っていた。
動かざること岩のごとし。引きこもりの時計屋ユリウスが全力疾走していた。
クリスマスの飾りつけに忙しいクローバーの塔の者たちも、呆気に取られているが、
ユリウスは気にも止めない。だがその胸中には数限りない疑問。

いったい何が起きたのだろう。
どこでどう間違ったのだろう。
壊れかけたこの世界がついに完全なる終局へと歩み出したのだろうか。
それとも夢魔が見せる悪夢に迷い込んでしまったのか。

ユリウスはクローバーの塔を出て中庭へ走る。
「っ!!」
嫌な予感を抱いて、後ろに飛びすさると、たった今、自分が足を乗せた場所で、
勢い良くロープが跳ねる。どこか見覚えのあるそれは、ある男がよく作っていたものだ。
――ウサギ用の罠……それにしては大きいな。それにこんな場所で。
まるでウサギというより人間を捕まえるような……。
「あはは。やっぱりユリウスにはこの程度じゃ効かないか」
「!!」
ユリウスは勢い良く上を見る。見慣れた赤いコートの男が塔の二階から、こちらを
見下ろしていた。爽やかな笑顔だが、その下の本心までは分からない。
ユリウスは部下を見上げ、
「おい、エース!これは何の冗談だ」
「何って、ゲームだよ、ゲーム!クリスマスのゲームだよ!」
「ちょっと待て、私は判定役だ!なぜお前に追いかけられるんだ!」

そう、ユリウスはさっきからずっと、エースに追い回されていた。

ジョーカーと会ってから数時間帯後のこと。ユリウスは判定役の任を果たすべく
作業室を出て塔を歩いていた。そうしたら、エースに出会った。
何か危険なものを感じ、反射的に逃げた。そして追いかけられて今に至る。以上。

よって、話の流れが未だによく分からない。だが、騎士は笑って、
「ユリウスはゲームの標的で賞品なんだ」
「賞品!?どういうことだ!」
「賞品は賞品だよ。意味を知りたいのなら、服を脱いで横になってくれる?」
「断固拒否する!!」
しかし窓枠に手をかけて見下ろしてくるエースの目は、からかっている風ではない。
「ジョーカーはいったい何を始めた?ゲームではなかったのか?」
「うん、ゲームだよ。俺とジョーカーさん二人でユリウスを捕まえる鬼ごっこ。
敵を排除しつつユリウスを追い回して、ユリウスを捕まえた奴が勝ち。
賞品はクリスマスにユリウスを好きに出来る権利」
……あ然として、言葉が出なかった。
「なぜ、いきなりそんなことを……」
やっとのことでそれだけ言うと、

「え?暇だったから」
あっけらかんとした笑いが返ってきた。


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