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■嘘の結婚式・下

時計塔の外は、ユリウスを組み敷く騎士のように快晴だった。

「ん……ぁ……ああ……」
「ユリウスって本当に生真面目だよな。彼女にもう来るなって言ったんだって?
そんなに思いつめなくたっていいじゃないか。
ペーターさんなんか、『いつでも逃げてきてください』『別れるまで、いつまでも
待ちます』とか言って、彼女をカンカンに怒らせちゃったんだぜ」
上半身脱いで半裸のエースが、ベッドでユリウスの体を愛撫しながら言う。
「お前には……わから……あ……」
胸の先端を舌でなぶられ、体がのけぞる。
久しぶりに来たエースはすぐに体を求めてきた。
相変わらず抵抗など通じはせず、ユリウスは早々と服を剥がれてしまった。
床や外でなくベッドの上というところが、せめてもの救いか。
しかし、清々しい光が差し込む中での情事は、爛れているとしか言いようがない。
先走りの汁でぬめった指に舌をはわせ、エースは下の入り口をほぐしていく。
「ぁ……や……やめ……」
「その割には待ってましたって感じだよな。あ、ここがいいんだっけ?」
「――!ぁ……ああ……っ」
「本当、可愛いよな。殺したくなるくらい……」
「何を……つっ!!」
不穏な台詞を問い詰めかけるが、突然の異物の感覚に意識が奪われる。
「ユリウス、動くぜ」
「やめ……ぁ……ん……」
何度やられようとこれだけは慣れない。
痛みとエースの熱い体に溶けてしまいそうだ。
「く……いた……ぁ……」
「ほら…力抜いて……そうそう、いい、感じだ……」
次第に快感が体を侵食していく。
「エース……」
力強い体を抱き寄せ、唇を重ねるとエースの緋の瞳が驚いたように見開く。
「へー、いつも嫌がって逃げようとするのに、今回は乗り気じゃないか。
そんなに可愛いことしてくれるなら、何回だって頑張れるなあ」
「…………ん……」
腰を揺さぶられながら罪悪感を抱く。
今に限ってエースにすがる理由は嫌というほど分かっている。
そしてエースの方も、それを理解している。
ちょうど今、よく晴れたこの時間帯は、彼女の――

遠くで教会の鐘が鳴っている。
結婚式の鐘の音だ。
少女の幸せの絶頂の瞬間に、自分は愛してもいない男に貫かれている。
背後から抱きしめられ、耳元に熱い息があたる。
「ユリウス……すごくいいぜ。いつまでもこうしていたい」
「ん…………」
「ははは。本当いい表情するな、ユリウス…………俺、傷つくぜ?」
途端に抽挿が強くなった。四つん這いを保ってはいられず、倒れこんでシーツを
つかみ、快感と痛みの波に耐える。
遠くからは鳴り止まぬ教会の鐘の音。
「ユリウス……愛してる……」
「うそ……を…言うな……」
「俺も…宣誓してみた。ずっと一緒だぜ、ユリウス」
暗い笑いが自分の口に浮かぶ。
「は……指輪でも……くれるの、か?」
「剣を捧げてるじゃないか」
大まじめな声だった。
「馬鹿馬鹿、しい……」
「愛してる……だから俺にくれよ、指輪の代わりにユリウスの全てを」
「!!」
耳元で低く囁かれ、瞬間に達した。
「…………」
次いで、熱いものが中に放たれるのを感じる。
一気に脱力して眠りに流れ込もうとするのをエースの力強い腕がはばむ。
エースは片手で軽々とユリウスを支え抱き寄せると、深いキスをしてきた。

…………
鐘の音が名残惜しそうに小さくなり、消えていく。
今頃、祝福の声に包まれ、彼女は一人の男のことしか頭にないだろう。

こちら側はとんだ結婚式だ。
式場はベッドの上。
交わす指輪は剣と体。宣誓は嘘まみれ。
新郎は迷子の騎士、婚姻相手は引きこもりの葬儀屋。
神父も証人もなく、誰一人祝福も、認めさえしないだろう。
「私は愛していない。双方の合意がなければ式は無効だ。悪いな」
「えー、ユリウス冷たいなあ。勝手に婚姻届を出すぜ?」
「受理されるか!……というかどこに出す気だ」
男同士の婚姻届を出された、白ウサギの顔が一瞬見たくなった。
「俺も時計塔領土の所属だろ。ここで一番偉いのはユリウスだから……。
ユリウスに、俺とユリウスの婚姻届を出せばいいかな?」
「即座に破り捨てる!」
アホらしい会話に疲れ、軽く上着を羽織るとベッドに横たわる。
エースも特に引き止めず一緒に横になる。
顔を引き寄せられ、触れる程度の軽いキス。
「愛してる……」
「私は愛していない」
「本当に愛してるって」
空々しく繰り返すが、本音は定かではない。
親しくなるほど危険度が増すという厄介な男だ。
恐らく彼の中では今も迷いの嵐が吹き荒れているだろう。
ユリウスはそれを冷たく眺めているだけだ。

「ん……?」
しばらくエースの腕枕でまどろんでいると、外の時間帯が突然、夕方に、そして
夜に変わった。
注目を集めるような性急な変わり方は砂時計によるものか。
「帽子屋さん、もう初夜突入か。気が早いなー」
エースがあっけらかんと品のないことを言う。
少し身体を起こして窓の外を見る。
帽子屋屋敷の方角は、色とりどりの光で派手にライトアップされていた。
「すげー、見ろよユリウス。花火まであげてるぜ」
「は。つくづく派手な演出の好きな男だ」
客の方は二次会に突入した頃か。どんちゃん騒ぎがここまで聞こえてくるようだ。
そして今頃、彼女は新郎の部屋で、その腕に抱かれ――。
考えるのが面倒になってユリウスはそっと目を閉じた。
もう別の世界の女だ。
これから彼女は華々しい闇の世界で、マフィアのボスや忠実な腹心に守られ幸せに
なるだろう。対する自分は暗く陰気な世界に落ちたまま。
時計を直し、監獄をうろつき、時折男に抱かれ、死ぬまで変わらぬ単調な日々を過ごしていく。
そのままウトウトして寝入ろうとする。
そして耳元でエースがささやく声がする。
「大好きだぜ、ユリウス」
熱い。心の底から本当だと信じたくなるような。
だが、嘘だ。嘘だからこそ軽く言ってのける。
「騎士は嘘をつかないぜ。本当に愛してるよ」
心を読んだように騎士が言う。
「そうか」
ユリウスは素っ気無く返しながら、眠りの世界に落ちていった。
眠る瞬間に、エースが強く自分を抱きしめたのを感じた。
「愛してる……」

嘘の宣誓を聞きながら、騎士の招く闇に落ちていった。

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