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■嘘の結婚式・上

※R18

結婚式を欠席することを伝えると、彼女はため息をついた。
「やっぱり……来てくれないわよね」

「直接誘いに来てもらったのに悪いな。
だが、ちゃんと招待状にも欠席すると書いて返信しただろう」
「帽子屋の人以外、誰も来てくれないなんて……」
そう。律儀な彼女は知り合い全員に招待状を出したらしい。
彼女と帽子屋ファミリーのボスの、結婚式の。

「ハートの城の人たちは仮面舞踏会の準備で全員手が離せないって。
遊園地も、繁忙期で仕事がすごく忙しいから本当に悪いけど無理って……」
ふだんから役割に頓着しない連中がそろいもそろって『準備』『仕事』など苦しい
言い訳にもほどがある。
だがそれぞれが彼女を傷つけまいと知恵を絞ったのだろう。
大なり小なり、誰もが彼女に恋をしていたのだから。

「他の人たちは元々帽子屋とは敵同士だから、半分あきらめてたわ。
でも時計塔は中立だから、もしかしたら……と思ったんだけど」
肩を落とされると罪悪感がわくが仕方ない。
時計の修理に専念するフリをして応える。
「こういったことは内輪で祝うといい。
第一『結婚式』という晴れの場に『葬儀屋』が出ては縁起が悪いだろう」
「葬儀屋って……私が誰にも文句を言わせないわ!
ユリウスは私の大事な友達なんだから!」
『友達』と力強く言われると、嬉しさとやりきれなさに胸の時計が痛い。
「式が終わったら写真なり送ってくれ。それだけで十分だ」
頭を撫でてやると、顔が和らぐ。
「時計屋、話は終わったか?」
扉の外から三月ウサギの険悪な声がした。
三月ウサギは彼女の護衛でついてきた。
今までの自由な立場と違い、現在の彼女はファミリーのボスの婚約者だ。
護衛なしに一人うろつくことは、腹心も未来の夫も許しはしない。
元の世界に帰るというゲームが終わった代わりに、別のゲームが始まったのだ。

「じゃあ、私そろそろ帰るわね。式の打ち合わせもあるし……」
「ああ」
「また遊びに来るわね」
立ち上がる彼女を引き止めたいと思う。
言い訳はいくらでもある。だが、

「いや、今後は時計塔に来ないほうがいい」

「え……何て言ったの?」
信じられない、といった表情で目を見開く少女。
「もう、ここには来るなと言ったんだ」

「そんな!……何でそんな冷たいこと言うの?」
すぐ傷ついた顔をする少女。時計が壊れそうに痛い。
「他の場所はともかく、時計塔は男が一人で住んでいる場所だ。
ボスの妻と葬儀屋が密会している、という噂が立ってしまう。いや、悪意を持って
広める者が必ず出る。私の仕事がどれだけ忌み嫌われるものかは、それなりにこの
世界で過ごしたお前には十分分かってるはずだ。ファミリーの求心力に関わる」
「時計屋は神聖で重要な仕事よ。私はあなたと会うのを絶対に悪く思わないわ!」
「お前の気持ちはどうであれ、妻を寝取られただの、夫を貶める評判が立つ。
新妻なら、夫を気づかってやれ。飄々としているが、奴にも表の顔はある」
「…………」
予想通り、最愛の男のことを出すと詰まった。

「でも、私はここがすごく好きなの……あなたと会うのが大好き」
子供のような顔でポツリと呟く。
ユリウスも表情をやわらげ、
「何も絶縁しようとか永久に別れようというわけではない。
街で会えば立ち話くらいはつきあうし、催しごとで顔を合わせることもあるさ」
……逆に言えば、バッタリ会うか、催しでもない限り会わない。
「ユリウス……」
ほとんど半泣き状態の少女の頭を撫で、
「そんな顔をしないでくれ。これからは帽子屋屋敷がお前の本当の家だ。
時計塔などで時間を潰さずとも、楽しいことがたくさん待っているさ」
「ユリウス!」
突然、彼女が抱きついてきた。
「わ……」
慌てふためいた拍子に椅子がガタッと揺れる。
扉の外の三月ウサギの気配が動くが入ってはこないようだ。
中でどんな会話が行われているか、聞き耳を立てていたのだろう。
「私たち、ずっと、ずっと友達だからね!!」
「ああ。時計塔から、いつまでもお前の幸せを願っているよ」
「うん……」

「結婚、おめでとう」
「ありがとう、ユリウス」

…………
屈強なナンバー2に守られ、彼女が作業室の扉を閉める。
靴音と、嗚咽と、かすかな慰めが徐々に階段を下り……消えていく。
窓から眺めていれば、去っていく彼女の後ろ姿を見送れるだろう。
もしかすると、最後に少女が塔を振り返ってくれるかもしれない。
だがユリウスは作業机に戻り、時計の修理を続ける。
変わらぬ仕事を黙々と。
仕事に専念していれば、自分を乱した全てを忘れられる気がした。

いつしかユリウスは何もかも本当に忘れ、仕事に没頭していった。

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