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■時計屋は流され中

ある夜の時間帯。
男は満足げにタバコを吸うとスーツを身につけ、最後にかがんでキスをする。
だが射殺すように睨み、低い声で、
「覚えておけよ……俺はいつまでも二番目で我慢する気はないからな」

別の昼の時間帯。
青年は血をなめて爽やかに笑い、仮面とローブを身に着ける。
最後にこちらの髪を引っ張って顔を上げさせ、うめく自分に貪るようなキスをする。
「じゃ、仕事に行って来るぜ。今度またトカゲさんと浮気したら……殺すよ?」

別の夕暮れの時間帯。
鮮血の女王が笑う。
「ようあいつを手懐けてくれたのう。
あいつの壊れようが見ていて楽しくてならんわ」

さらに夢の中。
「最近、あいつの心の中がな。欲望と嫉妬と憎悪の吹き溜まりで、私まで心を
病みそうだ。だから、その…ウチの奴を選んで欲しいんだが」

サーカスの団長と監獄の所長は、何も言わず笑っている。

……疲れた。
ユリウスはとてつもなく疲れていた。


何だって好きでもない二人の男に取り合われた挙げ句、二股かけているような目で
見られなければならないのか。
自分は時計屋だ。性格が悪く根暗で地味なつまらない男だ。
だから男同士の三角関係などという、おぞましい事態はすぐ終わると思っていた。
二人ともすぐ飽きて、愛すべき静寂が戻るだろうと期待していた。
だが事態は悪化の道を辿る一方だ。

…………
ある夜の時間帯。たまりにたまった修理を何とか片付けたユリウスは机に突っ伏す。
疲労と、癒えない傷の痛みがじわじわと全身を侵食する。
ここ最近、また二人の訪問の頻度が増えた。
よってユリウスの苦痛も増大している。
……二人は、ユリウスに紳士的とは言いがたい。
相手が男だからかやることに容赦がない。
ためこんだ欲望をぶつけられ、怪我をしても、そのうち治ると放置される。
普通、二人が一人を取り合う場合、競って機嫌を取るものではないだろうか。
……取られたくも無いが。
別れ話(つきあっている気もないので、この言い方もアレだが)を切り出して余計な
傷を増やしたことも数知れず。
飽きられる日を待つしかないと思うと、ため息しか出ない。

――何か、二人とキッパリ縁を切るいい方法は……
考え付かない。
――取り合われるなんて状況は『あいつ』にこそ似合うだろうに。
ユリウスの時計がきしむ。
『あいつ』
冷たい対応をしたのに懐いてくれた少女だ。
ここが落ち着くわと、時計塔に頻繁に遊びに来ていた。
自分とそっくりな暗い性格、たまに見せる可愛い仕草、風に揺れる美しい髪。
初めて心から愛せるかもしれないと思った少女だった。

だが、誰からも愛される余所者は、帽子屋のボスがかっさらっていった。
喜劇だ。
自分を取り巻く状況は喜劇としか言いようが無い。

「…………」
ユリウスは机に突っ伏したままだ。
すでに一時間帯をボーっとして過ごしている。
二人と別れるいいアイデアが何も無い。
――根性の無い。
自分で自分が嫌になる。そこに靴音が聞こえた。
あわてて立ち上がり、部屋を出て身を隠そうとしたが遅かった。
音を立てて部屋の扉が開き、爽やかな笑顔の男が入ってきた。

「ユリウスー、仕事を終わらせて待っててくれるなんて、用意がいいじゃないか」
「……今はそんな気分じゃない。帰ってくれないか」
「ははは。実は俺のほうも、女王陛下からの拝命で行かなきゃいけないんだ」
ユリウスはホッと安堵した。
「なんだ。ならすぐにでも帰った方がいいだろう――なっ!?」
抵抗の間もなく襟首をつかまれ机から引きずり倒される。
「――っつう!エース、お前!」
這いつくばって、あわてて顔を上げると、目の前の騎士は笑顔で自分を見下ろしている。
そしてコートを着たまま、カチャカチャとベルトを緩めている。
「急ぎの用なんだろう!お前は迷子体質なんだから早く行かないと……」
「うん、そうだよ。だから今日は――口だけで許してあげる」

「ふざけるなっ!!――ぅ……」
強引にねじこまれ、息が止まる。
生ぬるい感触に嫌悪感が背筋を走る。
「ユリウスは優しいから、俺のモノ噛んだりしないよな?
まあ、そんなことしたら、傷ついた俺はユリウスに何をするか分からないぜ?」
どこまでも爽やかな、青空のような笑顔。
だが、声は笑っていない。
「ほら、いつもみたいにやってくれよ。俺、急用なんだぜ?」
何で自分が責められなければならないのか。
だが、こうなったら早く帰ってもらうしかない。
ユリウスは感情を押し殺して、膝立ちでエースのモノに手を添え、舌を動かした。
「ん……ぅ……」
髪をつかまれ、強引に頭を揺すられる。
嫌悪に耐え、しばらく奉仕を続けた。
「はは、ユリウス、この間より上手くなった?うん、すごくイイ」
言葉どおり、エースのモノは次第に大きく硬くなっていく。
早く終われと呪うように祈る。
あふれ出た透明な液体が唾液とからみあい、口の端から伝い落ちる。
気持ち悪い。
「ん……ん……ぅ……」
「ん…ユリウス……本当、気持ちいい……っ」
エースの息が荒くなるのを感じる。
髪をつかむ手が強くなり、引きちぎられそうだ。
抑えようとしても目尻から涙がこぼれる。
「ん………!」
抗議したつもりだが、もちろん通じない。
くわえたモノは限界に近い。
ユリウスは息苦しさにあえぎながら舌を動かした。
そのときエースがユリウスの髪を引っ張り、わずかに顔を上向かせる。
氷のような赤い瞳と目が合う。
「――トカゲさんの教え方、そんなに上手いんだ」
――っ!!
瞬間、口内のモノが引き抜かれ、顔に、髪に、服に不快な感触が散る。
ユリウスはぬぐう気にもなれず、無言で床を眺める。
口に残る苦い味を一刻も早く流したいのに脱力感が強い。
床にまで飛び散った白い液体を虚ろな瞳で見る。
そして自身の後始末をし、服を調えたエースは、いたわる気配もなく、ユリウスの
髪を再びつかんで床に押し付ける。ちょうど飛び散ったあたりに。
「――貴様っ!用事は済んだだろう、とっとと出て行け!」
痛みで我に返ったユリウスは、目の前の自称騎士を憎悪の瞳で睨みつけた。
だがエースは笑顔で、悪夢のようなことを言った。

「床の、全部なめとってくれない?」

「――――っ!そんなことが……!」
「出来るよな?」
「……っ」
騎士はしゃがんで頬杖をつきながら、ユリウスを見ている。
ニコニコと、薄ら寒い青空のような笑顔で。
助けはない。
「…………」
震えているのは怒りなのか屈辱なのか悲しみなのか。
ユリウスはゆっくりと床に顔を近づけると……


床に転がって、忌々しい男の靴音が遠ざかるのを聞いている。
結局、睦言もキスの一つすらなかった。
エースはユリウスを傷つけ、己の欲望だけ満足させて去った。
大して体力を使ったわけでもないのに起き上がる気力さえない。
聞こえるのは時計の音ばかり。
そして小さくなっていくエースの靴音。
しかしそこに、別の靴音が近づいてくるのを感じる。
二人分の靴音が同じ場所で重なり――止まる。
ユリウスはぼんやりと、『鍛錬』が始まるのを待つ。
だが、足音は止まったまま。
次第に不吉な予感が渦巻いてくる。

やがて足音は分かれた。
片方はいかにも爽快だと言わんばかりに高らかに遠ざかり、聞こえなくなる。
もう一つは……まっすぐに、走る寸前の早足でここを目指している。
彼がエースに何を言われたかなど考えたくも無い。
やがて靴音が部屋の前で止まる。
ユリウスは動かない。
白濁した液に顔も服も髪も汚されたまま。
そして扉が静かに開く。
入ってきた黒いスーツの男は、床に横たわる汚されたユリウスを眺め――笑った。
どうやら本気でキレたようだ。
彼はゆっくり近づいてくる。
もうネクタイを緩めているあたりが気が早いな、とぼんやり考える。
――もう、どうにでも好きにしろ。
ユリウスは静かに目を閉じ、わずかな間の現実逃避に入った。

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