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■眠りネズミの時間10

「ん……」
股間に感じる騎士のモノも、すでに十分な大きさになっていた。
ユリウスは慣れた手つきで騎士のベルトを外し、それを外気に晒す。
愛撫ももどかしく、先走りのものを指ですくい、自分の後ろに広げた。
「ん……ぅ……」
騎士も素早い。手套を外した指を入れられ、ユリウスの喉から出たとは思えない
甘い声がもれる。ほどなくして、ユリウスは草上のシーツの上に転がされた。
「ユリウス……キツイかもしれないけど」
「ん……」
目で、大丈夫だと訴える。
膝を抱えられ、生ぬるい液を零すものが入り口に押し当てられた。
「挿れるぜ……」
瞬間、痛みと圧迫感で頭が真っ白になる。
「くそ………」
さすがに騎士も苦しそうだったが、それでも欲望が勝ったのか、ゆっくりと動き出した。
ユリウスも常の数倍増しの痛みに耐える。だが、それを上回る恍惚も感じていた
――そうだ、ずっと……これが欲しかったんだ……。
徐々に速くなる騎士の動きに合わせて腰を動かし、次第に高まる快感に溺れていく。
「はぁ……エース……エース……」
耐えられず懇願するような言葉が漏れる。
反応するように圧迫感が増し、揺さぶりが増していく。
見上げる空はネズミの巣の天井ではなく、青空の森の木陰、貫くのは嫌われ者の
ネズミではなく、ハートの騎士。

――ああそうか、ネズミの巣から逃げて、元の鳥籠に戻っただけなんだな……。

ユリウスはどこか冷めた思いを抱く。
自分を死ぬまで縛りつける時計塔と時計屋の役を。
あのネズミに引けを取らない闇に捕らわれた、ハートの騎士を。
「ユリウス……」
騎士はいつものように煽ることもからかうこともない。
ただ欲望だけを思いのままに打ち付ける。
それが嬉しい。
「ああ、来てくれ……」
ユリウスも応えるにためらいはない。
エースから流れる汗を、かすかに笑って受ける。
そして何度も何度も騎士の名を呼び、その腕に強く捕らえられ、白く、果てた。
だが、当然それだけではエースもユリウスも収まらない。
騎士と小さな時計屋の睦み合いは、終わる気配もなく、森の奥深くで続いた。


チェシャ猫が眠りネズミを見かけたとき、ネズミはぼんやりと森をさ迷っていた。
少し前に大規模な抗争があったらしい。猫は悪友たちから、知り合いのネズミが
相当な深手を負ったという話を聞いて、探しに来たのだ。
誰もが見捨てる重傷だったと聞いたが、今は身体の数箇所に包帯を巻いているだけ。
普通に歩いてもいる。
相変わらず悪運だけは強いネズミだ。
生還祝いついでに追い回してやろうかと、チェシャ猫はにんまりする。
だが、近寄ってみると違和感があった。
ネズミが傷だらけなのはともかく、目も虚ろで、どうも様子がおかしい。
あれほど怯えていた猫が木から下りて、視界に入ったというのに全く反応がない。
このネズミはたまに、このように不安定になる。
窮鼠猫を噛むとも言うし、こんな状態のときは関わらない方がいい。
チェシャ猫が立ち去ろうとすると、常とは逆に、眠りネズミに声をかけられた。
「ねえ……ここらへんを子供が歩いてなかった?」
見かけていない、と即答するとネズミは肩を落とす。
どうも可愛がっていた子供が逃げたらしい。
「子供?おまえ、ガキ作る歳でもないよな。どういう意味だ?」
訳が分からず問い返すと、眠りネズミは親切に説明してくれた――そう、親切に。

……まあ、個人の嗜好に口出しするのはチェシャ猫の流儀ではなかったから、
途中で強引に制止した。吐き気をこらえるのに精一杯だった。
「け。ペットなんて逃がす方が悪いんだろ」
「鎖をつけて閉じ込めて鍵かけといたけど、逃げられちゃったんだよ」
これ以上会話を続けても気分が悪くなるだけだと猫は確信した。
「まあ、気を落とすなよ。じゃ、俺は行くからな」
だが眠りネズミは聞いた風ではない。
「あの子、頭が良かったから逃げちゃった。だから今度捕まえたら、
逃げられないようにしないと。鳥だって逃げられたくないなら羽を切るよね……」
漏れ聞こえた内容の猟奇さに、チェシャ猫はネズミを振り向いた。
眠りネズミは視線に気づくことなく、ぼんやりと手の中の刃物を眺めていた。
その瞳には、孤独の底に巣食う、哀しい狂気だけが渦巻いていた。

空はどこまでも青く、不思議の国は残酷なほどに平和だった。

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