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■眠りネズミの時間9

あまりにも懐かしい外の風が髪をゆらす。
もしかすると永久に見られないかもしれないと一度ならず思った。
森の木陰と太陽の光、ユリウスはシーツを身体に巻きつけ、裸足で一歩踏み出す。
最後に残った体力で、ネズミではなく人間サイズに戻る。それでも子ども姿だが。
ユリウスは立ち去り際、最後にもう一度振り返った。
木の根元の、小さな扉の向こうから、まだ泣き声が聞こえる気がする。
もう目を凝らさないと見えない小さなネズミの巣なのに。
ネズミはユリウスが、無言で扉を閉ざす瞬間まで、行かないでと泣いていた。
あれほどに哀れな嗚咽は聞いたことがない。

――ならどうしろというのか。永久にお前に飼われろとでも?
ユリウスは少し歩き、ネズミの巣の扉が見えないくらいの距離まで歩くと、木陰に
座り込んだ。木の葉がざわめく音を聞きながら、深く呼吸をする。
そして考える。
――『役』、か……。
あのネズミは最初から狂っていたのだろうか。
それとも狂わざるを得ない役につかされたから狂ってしまったのだろうか。
嫌悪され、侮蔑され、嘲笑され……あまりにも愚かで、純粋な生き物だった。
人の愛し方を知らずに、歪んだ方法で縛ることしか出来なかった。
もちろん、ユリウスにしてみれば百回撃っても撃ち足りないくらいのことをされた。
だが、権力の有無があるだけで、あのネズミと自分のどこが違うというのか。
――嫌われる役同士、別の出会いもあったのだろうか。
ユリウスは目を閉じる。
――あのネズミに、いつか優しく撫でて寄り添ってくれる相手が出来たら……。
そうすれば、あの生き物は自らの狂気を消し去れるのだろうか。
そんな物好きがいるとは思えないし、当該する者がこの世界にいるはずもない。
だが、もし奇跡が起こるのなら……。
「ユリウス……?」
「!!」
名前を呼ばれ、背筋が凍る。
瀕死のネズミが這ってでも自分を追ってきたのかと思った。
だが、そこにいたのは――

「やっぱり……小さくなってるけどユリウスだ!」

青空のような爽やかな笑顔。

「ちぇ。自力で逃げた後だったのか。せっかく小さくなる薬を手に入れたんだぜ。
カッコよく悪いネズミからお姫様を助けたかったのになあ」
ハートの騎士だった。全力でこちらに駆けて来るその手にはネズミの薬の小瓶。
恐るべきことに自力で犯人を察し、どうにかしてネズミの薬を手に入れたらしい。
まだ上手く声を出せないユリウスが皮肉気に笑うと、
「ちぇー。苦労したのになあ」
台詞の割に、騎士は手の中の小瓶をアッサリ草むらに放る。
小瓶の割れる音。
あの小瓶がどれだけのネズミの血を吸ったのか――ユリウスは永久に考えない。
「何があったかは……後でゆっくり聞かせてもらうからな、ユリウス」
それでも大体は察しているのだろう。
「腹へってるよな?リンゴ、たくさん持ってきたぜ」
騎士は懐からリンゴを取り出すと、一口かじって咀嚼し、ユリウスの唇に唇を押し当てる。

「ん……」
涙が出るほど甘い果実の味。呑み込むと身体が次を次をと欲する。
「ユリウス、がっつくなよ」
騎士の唇まで舐めるユリウスに呆れたようだったが、それでも望まれるまま
騎士はリンゴを与える。
口移しに与え、なめとる動物のような行為は、次第に唇の貪り合いに変わっていく。
「ん……」
「……ぅ……」
互いの舌を絡め、無事を確かめ、言葉にはせず抱きしめる。
やがて、やせたユリウスの身体を騎士の手がゆっくりとなぞりだした。
千切れたシーツ一枚羽織っただけのユリウスの身体は懐かしい手の感触に、すぐに
反応しだす。いつもより大きく感じる手にも熱が押さえきれない。
敏感な部分に触れられ、擦られ、扱かれるほど切ない声を上げてしまう。
ユリウスは騎士にすがり、コートに自分のモノを押し付け、自ら刺激する。
たちまち騎士の赤いコートに染みが広がる。
「ユリウス……そんな真似、反則だぜ……」
苦笑しながら騎士はユリウスを一度引き剥がして脚を開かせ、膝に乗せる。

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