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■眠りネズミの時間6

――…ダメか。
何度もドアノブを回し、ユリウスはため息をつく。
ほぼ匍匐(ほふく)前進状態で巣のドアにたどり着き、開けようと試みたが、頑丈に
閉まっている。鍵をかけた形跡もないし、そんな慎重なネズミには見えないから、
こんなときだけ何かしら役持ちの能力を使ってドアを閉じたのかもしれない。
ベッドからドアに移動するだけでも体力の消費になり、引きずってきたシーツに
くるまり、ユリウスはため息をついた。
――それなら、せめて体力だけでも回復させないと……。
獣の巣なら食糧の備蓄はあるはずだ。だが探せど探せど見つからない。
何とか床を這いずって、別の拾い物の山に取り掛かり始めたとき。
「ああ!勝手に俺のものにイタズラしちゃダメだよー」
ドアが開かれ、大きな袋を抱えた眠りネズミが立っていた――と思うと、目にも
止まらない素早さで走り、ユリウスを抱きかかえる。
そして顔を寄せ、ペットを叱るような声で、
「めっ!ちゃんとベッドで大人しくしてなきゃダメ!」
言って、シーツを剥ぎ、ユリウスを軽々と抱えるとベッドに移動した。
「っ!」
ベッドに投げ出され、スプリングがぎしっと鳴る。
全裸で横たわるユリウスの横で、眠りネズミは大きな袋を開く、
「えへへ。街で買い物してきたんだ。チーズと、甘いジュースと、あと君のもの!」
そして無邪気な笑顔で――重そうな長い鎖のついた『首輪』を取り出してくる。
「高かったんだよ。でも君のためならお金いくら使ってもいいし」
――いや、使いどころが間違ってるだろう、明らかに……。
それに、少ない買い物の品の下に見えるのは間違いなく札束だった。
どうやら現品ではなくキャッシュで貯蓄するタイプらしい。
どうりで食糧が見つからないわけだ。
「はい、つけてあげるね」
嫌がるように顔を背けるが、押さえつけられ、ガチャリと首輪をハメられる。
「うん、すっごく似合ってる」
言いながらベッドの支柱に鎖の端を巻きつける。乱雑に見えて巻き方に無駄が無く、
弱っているユリウスの腕力ではすぐに解けるかどうかというがんじがらめの結び口だ。
「はい、これ飲んで。君のご飯だよ」
小さなジュースのパックを差し出され、ユリウスは仕方なく飲む。
――しかし一回の食事がジュース一本……。
胃が弱っているとはいえ、いくら子供の体になっていると言え、足りるわけがない。
だが、どうもこのネズミはユリウスが言葉を発さないなりに、逃げたがっている
ことだけは分かっているらしい。いちおう食糧は与えるものの、生命をつなぐのに
足りるか足りないかの量しかもらえない。
おかげで未だユリウスは時間を進めることが出来ない。
眠りネズミのいない時間帯はほとんどベッドでぐったりして過ごし、眠りネズミが
いるときは、彼の性的な玩具になっている。
「ふふ。俺のもの、俺のもの」
首輪をつけてやってご満悦のネズミは、さっさと自分も服を脱いでユリウスの横に
体を投げ出す。
しかしすぐには性欲処理に入らず、ユリウスの長い髪を引っ張りながら悲しそうに、
「疲れちゃったよ。獲物はピクピクしてるから何度も刺さなきゃいけなかったし、
双子はいじめるし、お店に入ろうとしたらネズミは裏口から入れって……くすん」
しかしネズミの髪と頬には未だに乾いた血がこびりつき、脱ぎ捨てた服も同様だ。
まともに扱われたいなら、最低限、それ相応に身なりを整えるべきだろう。
だが眠りネズミはユリウスの内心に気づくことなく抱きしめてくる。
押し当てられる動物の体温は高い。早くも手が体を這うが、ネズミの嘆きは続く。
「それに帰り道では騎士に突き飛ばされるし……『どけっ!』って……」
――っ!!
該当する人物は一人しかいない。
「でもいつもは俺に斬りかかってくるのに、何であんなに急いでたんだろ。
何か探してたみたいだけど、何を探してたんだろ。斬られなくて良かったけど」
――やはり、ネズミが犯人とは考えていないか……。
探してくれてはいるようだが、未だに犯人の目星はついていないらしい。
やはり騎士の助けは期待出来そうにない。自力で逃げるしか。しかし……
「みんなみんなネズミに冷たい。優しくしてくれるのは君だけだよ……」
言って、唇に唇を押し当てられる。
「ん…………」
大分慣れたのか、ネズミの舌はおずおずと口内に入り、歯列をなぞりだす。
今ネズミを激昂させるのは賢くないと受け入れる――というより、舌をかんで
抵抗する体力さえ惜しい。
「俺がずっとずっと可愛がってあげるから、絶対に逃げないでね。
君に逃げられたら、俺、悲しくなって何をするか分からないから……」
ネズミの手は徐々に肌を這い回り、下の方へ降りていく。
ユリウスはただ決意を強くする。

――必ず逃げてやる……もう一度、あいつに会うために……。

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