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■厄介な恋人2

グレイは恋人を抱きしめる。
「グ、グレイ……」
ナイトメアは顔を赤らめ、大人しく身を任せてくる。
何て可愛いんだろう。
抱き合い、強く密着する。細い身体をさらに強く抱きしめ――
――っ!
身体が反応しかけたのを感じ、グレイは身体をはなす。自らが夢心地となっている
夢魔は若い娘のようにボーっと顔を赤らめ、グレイを眺めている。
その姿までいとおしい。
だが、その先には進めない。
病弱すぎて、ゲームを終える前に看取る羽目になりそうな、か弱い夢魔。
それほどにいとおしく、そして欲しい。
だがさすがに命まで手折りたくは無い。
「グレイ……」
続きをしないと踏んだのかナイトメアは再びグレイの膝に頭を乗せる。
残念なような安堵したような顔。
夢を見る年齢で時を止めた、恋に恋する無垢な少年のようだ。

「上司と部下の関係に戻りましょう、ナイトメア様」

頭をなでながらグレイは呟いた。返事はなかった。

…………

次の宵の刻。私室で煙草の煙を吐きながら、グレイは苦い思いを呑み込んでいた。
あれから一緒に過ごすことも食事の誘いも頑として断り続けている。
仕事では極力、私情を挟まず接するようにしていた。
これで良かったのだ。
ナイトメアとの恋愛はぬるま湯すぎる。行きずりの関係のように技巧を駆使する
遊戯でもなければ、剥き出しの感情をぶつけあうことも、駆け引きもない。
放っておいたら永久に何も無い、ひたすらに甘いだけの子犬の恋。
自らも夢の一部である夢魔にはそれでいいのかもしれない。
だが、自分は――
そう思ったとき、グレイは急に何か異変が起きたのを感じた。
一瞬で全てを切り替え、ナイフを手に、臨戦態勢に移る。
「……?ナイトメア様?」
警戒を解いたのは、かすかに主の気配を感じたからだ。
だが答えを聞く前に、グレイは強制的に意識を奪われた。

………………

………………

ナイトメアが思うにグレイは己を大人扱いしすぎ、ナイトメアを子ども扱いしすぎだ。
上司たる自分にとっては非常に不本意極まりない。
「最近のお前は思考が駄々漏れだったからな。私だってやるときはやる!」
「……自分がより強気になれる場所に引きずり込んだだけでしょう。
で、どうされるおつもりなんですか?」
部下の冷たい視線にくじけそうになるが、ナイトメアは何とか言葉をつむぐ。
「で、でも表の世界でいきなりやるのは怖いから、まず夢の中でリハーサルだ!」
ナイトメアは思い切り胸を張ってみるのだが、目の前のグレイは頭痛をこらえる顔で
「それで起きたら俺の衣服が、洗濯必須の状態になっている寸法ですか。
あれは卸したての特注品だったのに。全くあなたという方は……」
額に手を当てるグレイは、渋面を作っているつもりだろう。
だが、口元のわずかな笑みを隠せていない。
そんなグレイも好きだ。そしてグレイはあくまで真面目な男だ。
「しかし夢の中と言えど、表の世界では血圧や心拍数に変化があるでしょう。
もし万が一のことがあったら……仕事も山積みですし」
「……薬、飲んできた」
「え?」
グレイの目が丸くなる。信じられないものを見たようにナイトメアを凝視する。
「今……何と?」
「お前のために薬を飲んだ!仕事も片付けてきた!それに夢の中なら多少は身体も
調節も利く。だから……今日は、その、思う存分愛し合おうじゃないか」
グレイは少し考える表情になり――最後に笑った。
「……本当に呆れた人だ」
だが微笑んで見つめてくる。素直に嬉しくてナイトメアは指をならす。
するとあいまいな夢の風景が一変し、シックな寝室に変わった。
装飾は華美すぎず質素すぎず。窓から見える外は、クローバーの塔の展望台より
素晴らしい夜景。もちろんベッドだってキングサイズの最高級品だ。
――こ、これなら、私だって!
「グレイ……」
グレイを抱き寄せ、キスをする。グレイに教えてもらったとおりに、
不器用に舌をからめる。しかしいっぱいいっぱいなナイトメアとは逆に、
グレイは悔しいくらいに余裕で、気が付くとキスだけでへたりそうな
ナイトメアをグレイが抱きしめて支える格好になっていた。

「…………」

「………………」

そのまましばらく沈黙。

「………………続きをどうぞ、ナイトメア様」
「え、ええと、その……」
こっそり集めた書物の知識も全く役に立たない。
緊張でナイトメアの頭は真っ白に凍り付いてしまう。
「その……最初だから……ええと……その不手際も……」
「ええ、ですが何が起ころうと夢の中ですし。俺もフォローしますから、どうぞ」
声の震えるナイトメアに対し、大人の表情で見下ろしてくるグレイ。
(ど、どうしよう。吐血しそうだ)
ナイトメアは内心焦る。
だが、夢の中に引きずり込んで、ここまでセッティングしておいて台無しにしたら、
今度こそ恋の相手として見限られそうだ。
不安に背を押され、ついにナイトメアは決意した。
意を決しグレイを見上げる。心を読ませない部下は、表情も読めない。

「そ、その……グレイ……頼む……」

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