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■厄介な恋人1

※R18
※グレイ→ナイトメアの視点変更アリ

刻は宵。喧騒が鳴りをひそめたクローバーの塔は、平穏な静けさに満ちていた。

「グレイ……私は幸せだよ」
「そうですか」
グレイが頭をなでてやると、ナイトメアは嬉しそうに目を細める。

塔の主ナイトメア=ゴットシャルクの私室は静かだ。
ルームランプの薄明かりの下、ナイトメアとその部下グレイは、贅を尽くした寝台で
くつろいでいた。
だらしなく足をのばして座ったグレイと、その膝に頭を乗せて上機嫌なナイトメア。
男同士という点に目をつぶれば、仲睦まじい恋人同士の光景だった。
だがグレイには違和感があった。
「気持ちがいいな。このままずっと、こうしていたい」
「……あの、ずっと、こうされているおつもりですか」
グレイは、ややためらいがちに問う。しかしナイトメアは甘えるように、
「もちろんだ。ああ、またグレイの腕枕で寝ていいか?」
「え、ええ、それはかまいませんが、その……その前は、何か……」
グレイの中で違和感が増す。
「ああ。今日はどんな夢で遊ぶ?この間は一緒にオーロラを見たな。
今度は大峡谷を一緒に見に行かないか?あの絶景をお前にも見せたいんだ」
頬を赤らめ、おずおずと聞いてくる様は小動物のようで、可愛らしく、いとおしい。
だが、だが……
「別にかまいませんが……」
声が低くなったことに気づいたか、ようやくナイトメアの顔に焦りが見え始めた。
徹底的に遮断しているつもりだが、思考の片鱗が漏れたのかもしれない。
「え、ええと。一緒に馬に乗ったり、名産品を食べ歩いたりな……ほら、私たちは
いつも忙しいじゃないか。だから夢の中でくらい……」
「ええ。そうでしょうとも。異議は多々有りますが大いに結構なことです。
……で、それはそれとして、寝る前にしていただきたいことがあるのですが」
膝上でナイトメアが緊張で震える様子が伝わってきた。
ただでさえ顔がいよいよ危ない色調になり、冷や汗が額に浮かんでいる。
グレイは大きくため息をつき、静かに言った。

「別れましょう、ナイトメア様」

その言葉は、意外にすんなりとグレイの口から出た。
「え…………」
愕然とした声が聞こえた。グレイが今しがた髪をなでていた相手。
ナイトメア=ゴットシャルク。
クローバーの塔の最高責任者にして、グレイ=リングマークの直属の上司。
そして『一応』恋人である。

ナイトメアは飛び起き、目の前に座るグレイの手を握って叫ぶ。
「な、ななななな何を言い出すんだ、グレイっ!!
私を弄んだのか!?あれほど私に愛の言葉を捧げてくれたのに!!」
「弄んでなどいませんよ。俺は今でも貴方が好きです。ただ……」
「ただ、何だ!私のどこが不満なんだ!最強の夢魔で、
クローバーの塔の領主で、誰からも尊敬される最高の上司だぞ!!」
「お言葉に高く異議を申し奉りたいところではありますが、省略いたします」
グレイは眉根を寄せて、ためいきをつく。

「せめて、もう少し男らしさを見せていただけませんか。ナイトメア様」

…………

……とある国にクローバーの塔があった。
その塔にはダメ領主がいて、命をつけねらう部下がいた。
紆余曲折あって、部下は領主に忠誠を誓うこととなった。
その後、さらに色々あって二人は上司と部下の関係を超えた関係になる。
そこに至るまでの過程がまた長かった。
山あり谷あり吐血あり。ラブロマンスだか、ドつき漫才だか分からない(仕事の)
修羅場やら注射やら、中だるみやらの愛の試練をうんざりするほど超え、どうにか
思いが通じ合ったとき、さしものグレイも生きていることの喜びを実感した。
しかし、その愛と感動と爆笑の物語をグレイは永遠に記憶から抹消することにした。

……ありえない短期間で別れを告げるハメになったのだから。

「だから、今度こそ頑張ると言ってるだろう!」
「前回も、前々回も、前々々回もそう仰いましたよね、ナイトメア様。
その割に俺に指一本触れずに終わって。俺はいい加減、うんざりです」
ナイトメアが『男性役』を果たしていないことを遠まわしに責めると、
ヘタレな夢魔はしゅんとうつむく。
――か、可愛い……。
グレイは一瞬ときめきかけたが、慌てて首を振る。
そして、前回もこれと似たような感じだったことを思い出した。

……確か前回も、ナイトメアはグレイの前に座ってもじもじと言い訳したものだ。
「だ、だって、グレイは昔、男とも女ともけっこう遊んでたんだろう?
それに比べて私は××だし、××も×××も×××××も全然経験がないし……」
「ですから、昔の奴らは顔も覚えていないと申し上げましたでしょう。
ナイトメア様に自信がおありでないのでしたら、俺がお手伝いしますから」
「そ、それは嫌だ!!男たる者、手伝ってもらうなんてとんでもない!
死んでも嫌だ!自分ひとりで何とかするからな!!」
「……では、何とかなさってください。俺は何をされても大丈夫ですから」
「う、うん、では、行くぞ」
「ええ、どうぞ」
ナイトメアは端正な顔を近づけ、グレイに唇を重ねる。
舌がからみあう……ことはない。ほとんど親愛のキスだ。
グレイはそのまま目を閉じて続きを待つ。
「…………」
「………………」
薄目を開けるとナイトメアは硬直している。
冷や汗がダラダラ流れ、顔面は緊張で青くなり、
――あ、まずい。
直後、夢魔は壮絶に吐血し、担架で運ばれた……。

だいたいいつもこんな調子になる。
結ばれるどころかキスから一歩たりとも進まない。
あまり急かすと逆効果かと、余計なプレッシャーを与えず
全て彼のペースにまかせてみたら……
「人気のないところで手をつないで歩いたり、物陰で触れるだけのキスをしたりする
程度。夜は夜で膝枕のみ。夢の中でさえ観光で終わり!」
「い、いいじゃないか。私はグレイと一緒に過ごせるだけで満足だ」
「思春期の若人じゃないんです。俺たちは大人なんですよ?」
世の中には色んな恋愛の形がある。肉体関係のないカップルだっているだろうし、
それで当人同士が満足していれば何も問題は無い。
だが、グレイは到底満足出来ない。
好きだからこそ身体も含めて結ばれたいものだと思う。
「じ、じゃあ、グレイが上に……なってみるか?」
ナイトメアはおずおず申し出る。プライドをかなぐり捨てても別れたくないらしい。
確かに、経験から言っても精神年齢から言ってもグレイがリードする方が
はるかに自然で『効率的』だ。だが、

「告白の時に申し上げましたよね。俺がナイトメア様を抱くことは『死』につながる
可能性があるので。ご辞退申し上げます、と」

抱けば死ぬ……別に恥ずかしい技術自慢をしているわけではない。
グレイとてナイトメアのことは好きだから、大切に扱いたいと思っている。
だが、いざ本番になったとき、どこまで理性を抑えられるか自信が無い。
しかも男同士なのだ。
本能のままに突き進み、ナイトメアの身体に強い負担を与えることが怖い。
最悪の場合――権力者の腹上死。しかも相手は男。
これほど世間の失笑を買う死に方は無いだろう。
下手をすれば後世まで笑い話として語られる。
そんなことになれば、グレイは後悔と羞恥で自分の時計を切り裂いてしまいそうだ。
だからこそ、最初の時点で男性役を譲ったと言うのに、これでは自分までストレスで
病気になりそうだ。

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