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■悪気は無かった

「…………」
――ヒマだ。

ユリウスは首をひねる。
今は珍しく仕事もない。やりたいこともない。
忌々しい来客も刺客もない。眠くも無く腹も減ってない。
要は、とても暇を持て余している。
かといって、快晴の空の下、出かけることもしたくない。
こんなことは×××時間帯に一度、あるかないかだ。

――やはり昼寝をするか。
ユリウスは椅子の上でのびをし、凝りをほぐすため身体を軽く回す。
「………………」
乱雑な部屋を見回すと、来客用ソファの位置が何だか気になった。
――こう、角度的に不満だな。あと××度ほど動かしてみるか。
ユリウスはソファを持ち、引きずって動かした。
そして離れて確認し、出来映えに満足しようと――
「…………ん?」
ソファをどかした跡に、いつからなのか床板のゆるみが見えた。
これはかなり目立つ。ユリウスはスパナを持ってかがもうとし、
「うわ……っ」
バランスが崩れ、床にスパナがぶつかる。
恐る恐るスパナを上げると、床板がめりこみ、少し穴が開いた。
ソファの重みからか、ややモロくなっていたらしい。
「……まあ、時間が経てば戻るからいいか」
しかし穴はそこそこ大きく、うっかり足を乗せたら、はまりそうだ。
ユリウスは周囲を見回し、とりあえず近くにあった廃油バケツを目印に置いておく。
しかし、バケツをどかすと、今度はそこにポッカリ出来た空間が気になってきた。
そこには、ゴミ箱を置いておいた。
「これでいいか」
そして部屋を見回す。
「…………入り口が気になるな」
入り口。少し前に刺客に押し入られたのだ。
もちろん瞬殺したが、多少の撃ち合いで扉上部の木枠が傷ついたままだった。
目立つ箇所でもないとはいえ、一度目に入ったものは仕方ない。
ユリウスは工具箱を持ち、梯子を扉に立て掛け、扉の木枠に手をかけ
「あ…………」
予想以上に破損していたのか、木枠は音を立てて外れる。
接合部がもろくなっており、釘も打ち込みづらい。
「まあ、時間が経てば直るか……」
とりあえず、補強テープで軽く留め、扉の修理は諦める。
ユリウスはさらに室内を見回す。
特に直す箇所はなさそうだ。
「ふむ……」
本棚の本の無秩序ぶりが気になる。大きさも種類もバラバラだ。
床の上に散らかっている書物もそのまま置いておいてはだらしない。
ユリウスは書物の整理をし、手早く本を並べなおす。
「くそ……っ」
だが買い足したものや床上のものを合わせると、書棚の容量を超えるらしい。
本が本棚に全て収まらない。だんだん意地になってきた。
――こうなったら、何が何でも全部本棚に納めてやる!
本棚がきしむ限界まで本を押し込み、それでも余った分は棚の上に高く積み重ねる。
「よし、終わった。終わったが……」
棚にも、棚上にも本が限界まで詰め込まれている。
ちょっと押すと本棚はグラグラした。
何らかのルール発動で地震でもあったら、一気に崩れて圧死しそうだ。
しかし本を一箇所に納めてやったという満足感の方が上回り、そのままにしておく。

「もう直すところはないな」
……床には穴が開き、バケツが部屋の真ん中にあり、ゴミ箱が適当に置かれ、
扉の木枠は外れかけ、本棚は今にも崩れ落ちそう。
――何だか、前よりひどいことになっている気がするが……。
己へのツッコミを聞かないフリをしてユリウスは天井を仰ぎ、また問題を発見する。
――天井の板が外れかけているな。
ユリウスはため息をつき、梯子を設置する。
「ふむ」
天井の板は思ったより簡単に外れてしまった。
まあ、完全に外れたのなら、これも復元の対象になるだろう。
最後に背を伸ばして、天井裏に顔を出すと、かび臭い暗闇が広がっていた。
ユリウスはもう一度考える。
――天井の板が元に戻る前に、ここに不要な道具類をしまっておくか。
他の階に置くのも面倒だし、ここならいざというとき、移動せずすぐ取り出せる。

その後ユリウスは梯子と床とを、何度か往復した。

めったに使わない部品類や工具類、不要な雑貨から、あまり使用しない日用品類、
衝動買いしたコーヒーミルから、洗濯のときに使う金だらいまでしまい込む。
あとは天井板が元通りになるのを待つだけだ。

「ふう、少し疲れたな」
部屋は(多分)きれいになったし、外にも出ずに終わらせることが出来た。
心地よい疲労感とともに作業机に戻り、椅子の背にもたれたとき、
「ユリウスー!久しぶりだなっ!!」
轟音とともに部屋の扉が勢いよく開けられ、ユリウスはギョッとする。
「エースっ!!ちょっと待て!!」

叫んだが遅かった……。

「え……?」
まず、衝撃で扉上部の木枠がガコンと外れ、エースの脳天を直撃する。
「いってぇ!!」
エースは何が分からず、目を白黒させてよろめく。
座ろうとしたのかソファの近くへ――
「うわぁ!!」
床板の穴を踏み抜き、体勢を立て直そうとして逆にすっこけ、
「エース!!」
頭から廃油バケツに突っ込む。即座に顔を上げ、口に入った廃油を吐き出し、
「げほっげほっ……!!な、何だよ、ユリウス!!」
動転しながら、勢いよく穴にはまった足を引き抜き一歩踏み出した瞬間、
「あー……」
床に飛び散った廃油で盛大に滑り、ゴミ箱を頭上に蹴飛ばし――ゴミ箱が頭にハマる。
「ほ、本当に何……」
慌ててゴミ箱を取り、油まみれの全身に張り付くゴミを片っ端から払い落とし、
「何?何なんだよ、ユリウス、俺に何の恨みが――」
そこで再度バランスを崩し……本棚に直撃する。

そして、収納量の限界を超えた本棚が衝撃で……ついに崩れた。

エースの上に分厚い書物の雨が降り注ぐ。
ユリウスは慌てて駆け寄り、棚だけは支えるが、本の崩落までは抑えようが無い。
痛そうな音、音、音。
そして大量の書物は完全にエースを生き埋めにし、沈黙する。
「…………エース、生きてるか?」
恐る恐る問うと、床上の本の山からエースが何とか頭を出し、
……そしてそこに、天井から落ちてきた『金だらい』が直撃する。
カコンっと小気味いい音。
カラカラカラ……と金だらいが床を転がり、そして今度こそ静かになる。
「…………ぷ。ははっ」
ちょっと笑ってユリウスは沈黙し、
「ええと…………大丈夫か?エース」
エースは応えず、ゴミの山から、幽鬼のようにゆらりと立ち上がる……笑顔で。
「ユリウス……」
全身アザだらけ、油まみれ、おまけにゴミで汚れ。そしてあまりにも爽やかな笑顔。
だがその目は笑っていない。
うっかり笑ってしまったのを聞き逃す騎士ではないだろう。
久々にユリウスへの殺意があふれ、手が剣にのびようとしている。
もはや完璧な事故だと言っても信じないだろう。
「あ、ええと……そうだ、急用が出来たんだ、悪いな」
一瞬の隙をつき、エースの横を通って外に出る。
そして走り出す。そして背後から聞こえる怒声とスタートダッシュの音。
「ユリウスーっ!!」
ユリウスは柵を乗り越え、豪快に下の階に着地すると走り出す。
――立ち止まったら死ぬな……。
殺されはしなくとも、彼の機嫌を収めるためには相当な対価を支払わされるだろう。
とにかく逃げるしかない。
行き先は考えない。
しかし、逃げ切れたところで戻れば惨状と化した作業室と再会するだけなのだが。
――はあ、やっぱり昼寝しておけばよかった。
塔の出口に向け、必死に走りながら、ユリウスは思った。

――柄にもないことをするもんじゃないな……。

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