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■檻の中の風景10

「……俺みたいな奴が他にいたら殺したいとは前から思っていたけどな」
エースはユリウスの中から出ると、前をしまい、身体を起こした。
看守だった彼は、立ち上がったときには赤い騎士の装束に戻っていた。
牢の隅の影は、今や明確な人の形を取っている。
そして闇の中から現れたのは――拙い変装をした、ローブと仮面の男。
仮面を外し、もう一人の自分に爽やかに笑いかけた。
それを見たエースは笑顔を消し、嫌悪感を顕わにして、剣を抜いた。
「間抜けなのに底抜けに明るい。見ていてイライラする……刺したくなるな」
変装をした方のエースも、無言のまま剣を構える。
最後に時計塔の騎士は茫然自失状態のユリウスを見下ろし、
「自分と会うことで、俺がおかしな方向に迷子になった、とか?
本当に変なとこに罪悪感を持ってるよな。ユリウスは」
そして、騎士はもう一人の自分に斬りかかった。
二人の騎士が撃ち合う高い音が響く。
だが、目をそらせないはずなのに、なぜか意識を保っていられない。
いつの間にか牢獄の輪郭があいまいになり、冷たい床の硬さもやわらいでいく。
そしてユリウスは次第に意識が遠のいていった。

…………

遠くから声が聞こえる。冷酷な所長が、
「無理やり外に出す?罪を認めない囚人は処刑人が始末するんじゃないのか?」
「いいや、彼はまだ囚人だ。例え、出られたってジョーカーさんを殺せない。
これは仮釈放って奴だよ。ユリウスだって、元はここのお役人なんだ。
このぐらいの特別扱いはいいだろ?」
「権力乱用の間違いだろ。俺がそんなことを許すと思うか?」
「あはは……見逃してくれよ、ジョーカー。ちょうどジョーカーさんはいないしさ」
笑い声がするが声は笑っていない。むしろ静かな脅しさえ含んだ――
「まあいいさ。処刑人がそばで見張ってるなら、処刑も収監も自由だしな。
ジョーカーは俺が説得しておく。まあブツブツ言われそうだがな」
しばらくして聞こえた所長の声は意外にも穏やかなものだった。
「はは。ありがとう、ジョーカー。君は本当に話が分かる人だ」
「お前こそ、こいつをちゃんと見てろよ。二度と牢獄に入らないように……」
爽やかな笑い声が遠ざかる。
そのまま、ユリウスは闇の奥深くに沈んだ。

「ん…………」
ユリウスは目を開けた。
どうやら、また机に伏せて眠っていたようだ。
はっきりしない頭を押さえ、目をこする。
伸びをして首を振ると、残像が持ってきた時計が数個置かれていた。
そんなに長い時間眠っていたわけではないようだ。
ユリウスは一つ目の時計を手に取り、慣れた手つきで裏蓋を開ける。
「?」
なぜか、涙が出るほどに嬉しい。
仕事は趣味と言っていいほど好きだが、ここまで高揚するものだっただろうか。
まるでとても長い間時計に触れていなかったような錯覚さえ起こる。
「ユリウスー!久しぶりだなあ!」
違和感のもとを突き止めようとしていたら、不肖の部下が入ってきた。
いつものように粗雑な変装をしている。元騎士は仮面を外し、爽やかに笑った。
「それじゃあ、これ、頼むぜ」
騎士はユリウスの横に回ると机に袋を置く。
「ご苦労。次はこれを」
「ん」
書類を渡すと、騎士はうなずいて受け取り、懐にしまう。
そして血に塗れたローブを外し、黒い騎士はかがんで唇を重ねてきた。
――またか。全く節操がないというか……。
しかしユリウスも拒まず、それを受け入れた。
唇は口内を堪能すると、首筋をつたっていく。騎士の手が飾り時計を外し、開いた
襟元をくすぐる。それだけで身体が期待を抱いて熱くなった。
ユリウスは、そんな自分に呆れながらシャツのボタンを外し、騎士を見る。
「?」
そこに見たのは、いつもと違う赤だった。
欲望でも、偽りでも、酷薄でも、殺意でも、空洞ですらない。
あえて言うのなら火――どこか暖かい、暖炉の炎のような優しい瞳。
「何かあったのか?」
頬に手を当て、静かに問いかけると、騎士は笑って口づけする。
「ユリウス、俺はさ。やりたくて、この仕事をしてるんだ」
「は?望まない者を強引に部下にする趣味はないぞ」
唐突な言葉にワケが分からずユリウスは眉をひそめた。だが騎士は無視して続ける。
「だからいいんだ。ユリウスがそこまで責任を感じなくて」
「はあ?最初から何も感じていない。それより、やる気がないなら――」
身体を引き離そうとすると逆に抱きしめられた。
シャツをはだけられ、突起に歯を立てられ、その痛さに抗議すると、
「あはは。むくれるなって。だからさ……大好きなんだよ、俺はユリウスが」
意味不明な返答を問いただそうとすると、もう一度唇をふさがれた。
引き離そうとした手を取られ、抱き寄せられる。
そして背骨が折れるかと思うくらい強く抱きしめられた。
絞め殺す気か、と叫ぶが騎士の腕はゆるむ気配もない。
そしてそのまま床に引きずり下ろし、騎士はユリウスの両脇に手をついた。
硬い床と天井の風景。いつも通りなのに、なぜか懐かしいのは気のせいか。
騎士は、いつもより性急だった。
抵抗を完全に無視して肌に犬歯を立て、いくつも痕を残す。
いい加減、文字通りの意味で食われるのではないかと錯覚しかけたところで騎士は
ようやく傷を残すことを止め、慌ただしくこちらのズボンを引き下ろす。
「あ……」
すでに硬くなった股間の×××をつかまれ、声が出る。指で擦られ、激しく扱かれ、
その動きについていけない。快感に翻弄され、騎士の背中にすがりつく。
「エース……待て……」
だが止めてくれるはずがない。しがみつくほどに騎士の手の動きも速くなる。
何とか耐えていたが、ついに限界に達し、声を上げ、白濁した体液を放った。
「はあ……はあ……っ……」
だが騎士は何も話さず、すぐに後ろを慣らす作業に入る。
――何だ?なんでこんなに乗り気なんだ?
鈍痛に声をあげまいと耐えながら、考える。
そこまで長期間会っていなかっただろうか?確かに会っていなかった。
かれこれ数百時間帯ぶりだ。だが、ついさっきまで交わっていたような気も――
「ユリウス、気そらしすぎ」
「あ、ああ。悪い――ん……」
指を増やされ、一度達した股間が再び起ちあがる。それを準備良しと取ったか、
「ユリウス、行くぜ」
「――――っ!」
返事も待たず、騎士は一気にユリウスを貫いた。
ユリウスは全身を震わせ、背を仰け反らせる。解された道をえぐられ、何度も何度も
強く打ちつけられる。それは次第に速くなり、そのたびに身体が震えた。
ユリウスは白熱しそうな快感に理性を忘れ、声を上げ、ひたすらに騎士を求めた。
それを抱き留めながら騎士は、
「俺、ずっと時計塔に通うから、だから、ユリウスもずっと、いてくれよ……」
独り言に近い小さな声で呟くのが聞こえた。
繰り返し激しく突かれ、それに息も絶え絶えになりながら、
「私は……時計塔からは……出ない。知って、いるだろう?」
息も絶え絶えに応えると、騎士はまた笑った。
「そうだな。俺なんかのために牢に残ることを選択したような奴だもんな、ユリウスは」
「は……?ん――」
一瞬、騎士が看守の制服を着ていた気がした。
だがその瞬間に強く突き上げられる。限界近かったユリウスはその瞬間に達して
全てを忘れた。一瞬間置いて内壁に大量の白濁液をたたき込まれ、身体を震わせてうめいた。
絶頂に崩れかける背を支えられ、そのまま騎士の背にしがみつく。
目を閉じ、口づけをかわし、ユリウスは思う。

――出たくとも、出してはくれないだろう?お前が永久に。

「ユリウス……大好きだ」
「ああ……」

眠りに落ちる寸前に、どこかで牢獄の扉の閉まる音がした。

10/10

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