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■檻の中の風景9

「…………」
ユリウスは呆然と自分の身体を見る。
白濁した液体に内も外も汚されたことで、いくらか正気に戻った。
「ちくしょう……」
普段は出さない罵声が口から出る。
墜ちるところまで墜ちた我が身を直視し、自己嫌悪にうめいた。
うずくまり、頭をかきむしっている横で、
「じゃあ、俺サーカスに行くから」
「へえ、もうすぐ公演だっけ?ここって時間の流れを忘れるからさ」
「お前はその壊滅的な迷子癖から何とかしろよ」
あまりにも呑気なやりとりが聞こえる。
一刻も早く全員立ち去ってほしいと願っていると、
「ジョーカーはどうするんだ?」
「監獄の所長が監獄の外に出るわけねえだろ。仕事に行ってくる。
お前はどうするんだ、処刑人」
「俺はユリウスのそばにいるよ。今のユリウスから離れるわけないだろ?」
「け。ヤリたいだけの間違いだろ。お前も囚人になるか?」
「あはは。それじゃユリウスと同じ牢獄にいられないだろ?」
「お前も後で仕事手伝えよ」
「ジョーカーさん、おつかれー」
ユリウスは身体が震えた。団長と所長を見送った看守が再び牢獄の中に入ってきた。

「エース……」
それだけ、声が出た。看守の制服を着たエースは、いつもと違う男のようだ。
「それじゃ、ユリウス、いいぜ。見ててやるから」
「…………?」
意図が分からず、エースを見ると、エースはユリウスの手を取り、
「お前……何、を……」
強引にユリウスにユリウスの×××を握らせた。
「俺たちだけが気持ちよくなって、ユリウスがそうじゃないのは不公平だろ?
だからさ、いいぜ。俺、見てるから」
「そんなこと……」
「出来るだろ?ここならさ。何だって。自分からここに入ったユリウスなら」
低い声。なぜか拒否を許さない静かな響き。
ユリウスはせめて何も視界に入れまいと目を閉じ、自分の×××に手を添えた。
「はあ……はあ……」
手を動かし、後はひたすら自分の快感を高めることに専念する。
エースは一切声をかけない。煽ることも、おとしめることもせず、無言で見ている。
他人に自慰行為を見られる羞恥と、汚され、自尊心が崩壊しかけた捨て鉢な気分で
ユリウスはただ手を動かした。ほどなく熱が高まり、吐き出しかけた寸前に、
「やっぱりダメだ……」
「?」
思わず手を止め、目を開けると、エースが覆い被さってきた。
「好きだぜ、ユリウス」
「…………」
もはや空々しいだけの爽やかな微笑みを向け、看守は自分の×××を引き出す。
後ろにあてがわれ、慣らされもせず一気に押し入られ、ユリウスは声を上げた。
囚人のいない檻の群れの続く監獄で、看守と囚人は絡み合い続けた。

…………

「ユリウスは、なんでここに入ったんだ?」
「覚えていない」
ユリウスは裸身にコートをかけ、看守服のエースに背中を預けている。
エースは後ろからユリウスを抱きしめながら、
「ユリウスに会えて嬉しかったけど、ここはジョーカーさんの領域だからな。
囚人になったユリウスは、俺よりまずジョーカーさんたちに優先権あるから、
まいっちゃうぜ」
――別に時計塔にいたころもお前の物だったわけではないだろうが。
だが、自分は時計屋だ。
刑期を終えるまで監獄で嬲られつづけるわけにはいかない。
時計の修理をしたい。
自分の領域に、時計塔に帰りたい。
「だが分からないんだ。なぜ自分がここにいるのか。最初に、牢獄に何かがいて、
それが何か確かめようとここに入った。そうしたら出られなくなった」
エースは髪に顔をうずめ、抱きしめていた手を少しずつ動かし、ユリウスの身体を
撫でてくる。手の動きからすると、そろそろ再開する気なのかもしれない。
「何がいたんだ?教えてくれよ」
「…………」
ユリウスは思い出そうとする。だがあまりにも色々なことがあり、記憶は薄れていく
ばかりだ。首を傾げていると、エースが耳元でささやいた。

「それ……もしかして、まだここにいるんじゃないか?」

「っ!!」
ユリウスはわずかに腰を浮かし、牢獄の中をすみずみまで凝視する。
だが牢獄は薄闇がわだかまるばかりで、何一つ生きたものは見えない。
「それさえ分かれば、ここから出られるかもしれない。頑張って思い出してくれよ」
そう言いながら、エースの触れ方は愛撫のそれになっていく。身体を覆っていた
コートを剥がれ、監獄の冷気に晒された身体を、看守の手が這い回る。
敏感な部分を擦られ、起ちかけていた×××を扱かれ、熱が否応なしに高まっていく。
「教えてくれよ。何を隠しているんだ?ユリウスが隠した物を俺も見たい」
「隠した……?」
思わず振り向くと、背後の看守と唇が重なる。
「ああ。ユリウスをここに閉じ込めた物を、ユリウスは自分自身で隠したんだ。
だから見えない。でも消えたわけじゃない。よってユリウスは出られない」
「…………」
こんなに知恵の回る奴だったか、と凝視すると、
「なーんて、な。ちょっと思っただけだよ」
そう笑って、看守はユリウスを押し倒した。だがその目は笑っていない。
「エース……」
「俺たちにあんなひどい目にあわされても、まだ隠していたい罪悪感って何なんだ?」
もう慣れかけた冷たい床の質感。
慣らされた身体に押し入られ、その気もないのに声が出る。
「分からない、本当に覚えていないんだ。何をしても、何をされても出なかった」
「本当に?直視するのが怖いだけじゃないのか?」
「…………」
「俺がそばにいるんだ。おまえの部下が。だから、怖くない、そうだろ?」
――また、だ。
漠然とした何かが、今、自分の中で形を取ろうとしている。だが分からない。
あと一つ、あと一つ何かが足りない。
その間も責めは続き、一度、耐えきれずに宙に放った。だがエースは容赦しない。
ユリウスの逡巡を知ってか知らずか、エースはより深くに押し入りながら冷たく、
「はは、やっぱりダメ?俺って信用ないなあ」
――違う、そうではない。
不機嫌になっていく看守をなだめるため、渋々口にした。
「そうだな。おまえほど怖い奴がいたら、これ以上、怖がる物があるはずもない」
小さく呟いた。実際に言葉にしてみると、いくらか恐怖感が薄れる。
瞬間、牢の隅に何かが動いた。目の錯覚ではない。何かがそこにいる。
「…………」
恐れが出たのか『何か』がわずかに不明瞭になる。
だがエースが勇気づけるように手を握った。
「ユリウス、大丈夫だ。俺がいるだろ――この時計塔の騎士が」
「っ!!」
最後のピースがはまる。

――『それ』だ。

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