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■檻の中の風景5

「ぐはっ!」
誰かが胸に靴を乗せ、容赦なく体重をかけている。
「ははっ。無様だなあ、時計屋」
「貴様……っ!」
同じ顔でも誰かは分かる。
制服を着た黒のジョーカーが、尊大な態度で見下ろしていた。

「何のつもり……うっ!」
胸にかかる重みが増し、苦しさに顔をゆがめると、ジョーカーは、
「そうかよ。それじゃあ、どかしてやるよ」
と靴を上げる。重さが無くなり一瞬ホッとするも、
「――っ!」
脇腹を蹴られ、鉄格子に叩きつけられる。
身を折る余裕もなく、さらに何度も蹴られる。
痛みに震えながらジョーカーを見上げると、彼は嬉しくてたまらないといった顔で、
「本当に、たまんねえよな。お前をいつでも好きなだけ苦しめられるんだからよ」
言って、哄笑をあげた。そしてうずくまるユリウスのそばに片膝をつき、
「さあ、どうやって苛めてほしい?鞭か?それとも拷問か?」
「どれも、嫌に決まっているだろう……くっ!」
ジョーカーに鉄格子に打ちつけた肩をつかまれ、ユリウスはうめく。
「おい、勘違いしてるんじゃねえぞ。おまえは囚人、俺はここの所長様。
もう対等な関係じゃねえんだ。生意気な事抜かしたら、どうなるか分かるよな」
――私が牢獄の外にいたころも、そう変わりなかった気もするがな。
皮肉を口にしたいが、身体はこれ以上の苦痛を拒む。
だが屈するまいと睨みつけていると、
「――っ!おい、ジョーカー、何を……」
ジョーカーがナイフを取り出し、頬に突きつけた。
「何って、鞭も体罰もお嫌なら、やっぱコレがお約束だろ?」
「お約束……?」
怪訝に思って聞くと、ジョーカーはニヤリと笑う。
「知りたいか?」
――まさか、身体を切り刻むつもりか?
この男は囚人には残酷なことで知られている。しかも以前から自分への嫌悪を
事あるごとに口にしていた。
冷たい汗が額をつたう。無駄と分かっていても身体は後じさりをする。
「無様だな、時計屋」
ジョーカーは嘲笑し、片膝をついたままユリウスのベストにナイフの切っ先を当てると、
下のシャツまで一気に切り裂いた。
「……っ!」
首筋から腹までが外気に晒され、息を呑む。
次は……どこを切られる?
だがジョーカーはナイフを消し、両手をユリウスの両脇につけ、覆いかぶさるようにする。
意図が分からず、ユリウスが怪訝な顔をすると、
「――ん……」
唇を重ねられ、ねじこむように口内にぬめる×××が入る。それがジョーカーの舌だと
気づき、驚愕に抵抗を忘れた。
反応が無いのをいいことにジョーカーは好きにユリウスの口内を荒らす。
「ん……ん……」
「……ぅ……」
息つく間もない。いつの間にかジョーカーは床から手を離し、ユリウスの両頬を
つかんで唇を押し当てている。相手の体重がまともにユリウスの身体にかかり、
背が痛い。顔を振って逃れようにも顔を抑えられ、動けない。
ジョーカーの肩をつかみ、押し上げようとするが、逆に自分の肩に手を当てられ、
床に押し付けられる。痛みに喉の奥でうめくと、ようやく相手が離れた。
「はは……始めたばかりなのに、いい声、出してくれるじゃねえか」
「おい、何を考えているんだ。何の……」
「何って、×××だよ、×××。分かるだろ?」
あまりにもストレートに言われ、ユリウスは言葉につまる。
もう一人のジョーカーならまだしも、目の前の男はそんな方法を好む奴だっただろうか。
だが考える間もなくジョーカーは動きを再開させる。
切り裂いた服の下に手が入り込み、肌を撫で始めた。
「ま、待て、止めろ!」
我に返り、押しのけようとすると、
「ああそうかよ」
「!!」
いつ出したのだろう。耳元をかすめるように、石の床にナイフを突き立てられる。
鉄が石をえぐる不快な音。同時に切れた数本の髪が牢獄の中を舞う。
「俺はどっちでもいいぜ。×××でも切り刻むのでも鞭でも他の拷問でもな。
他の奴らと違って俺は優しいから、好きな方法を選ばせてやってもいいぜ?」
「どれだろうと、同じではないか……」
「当たり前だ。囚人は永遠に苦しめばいい。そして俺は苦しめる側。だろう?」
監獄の所長の瞳に偽りも脅しもないことに背筋が寒くなっていく。
「さあ、どうしてほしい?他の拷問か?それとも……」
冤罪だ。自分は囚人などではない。
そう叫びたいが、冷ややかな所長の眼差しがそれを許さない。
冷たい怒りが胸にこみ上げる。なぜ自分が、こんな場所に閉じ込められ、理不尽な
暴行を受けなければならないのか。こんな屈辱を受けるくらいならいっそ――。
だが、ジョーカーを激昂させる言葉を吐く寸前、脳裏によぎったのは、赤。

ユリウスの思考を停止させる、あまりに忌々しい赤と黒の男の後ろ姿。

そして、ユリウスはしばらくして、震える声で、
「――してくれ……」
「ああ?何だって?聞こえねえよ!」
わざとらしく聞き返される。ユリウスはきつく歯噛みし、叫ぶように、

「私を、その……犯してくれ……お前の好きにして、かまわないから

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