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■檻の中の風景1

※R18
※暴力、流血表現を含みます
※8割が××シーン。ダメだと思ったらすぐページを閉じて下さい


そのとき時計屋ユリウスは監獄を歩いていた。
仕事の件で訪れ、今は足早に帰路を急ぐところだった。
「…………」
現在は収容されている囚人はいないが、果てしなく続く空の檻と、
打ち捨てられた玩具の群れは、見ているだけで気が滅入る光景だ。
「ジョーカーに見つかる前に早く出るか……」
ユリウスはひたすらに急ぎ、靴音をたて歩く。
「……ん?」
そのとき牢獄の一つに視線が行く。中に何か影が見えた気がした。
他の檻はもちろん空だ。サーカスの時期でもあり、監獄に収容されている
囚人は本当にいないはずだ。
何かイレギュラーなことでも起こったのだろうか。
ユリウスは、牢獄の扉を開け、そっと中に入った。

「?」
目を凝らして見ても、中には何もない。
元々薄暗い場所であるため、牢獄内の影を、囚人かと錯覚してしまったのか。
「……私としたことが。時間を無駄にした」
舌打ちする。早く時計塔に戻って引きこもっていたい。
ユリウスは牢獄から出ようと、扉に手をかけ、
「ん……?」
眉をひそめた。
扉が開かない。
立て付けが悪いとか老朽化するとか、そんな場所ではないはずなのだが。
力の限りに押し、あるいは引き、スパナまで取り出し鍵を叩く。
だが牢獄の扉はピクリとも動かない。
「くそ……っ!」

焦りで胸の時計が錆びつきそうだ。
監獄は夢の領域と並ぶ特殊な場所だ。
一度迷い込めば出ることは難しい。刑期は永遠と同義であり、鍵も無い。
出るためにはそれなりの手順と方法が必要だ。
だが、それは囚人に限ったこと。役人である自分が出るには――
「おい、ジョーカー、いるんだろう!!」
ユリウスは虚空に向けて叫んだ。
「ああ、いるよ」
気配も足音もなく、ただ次の瞬間には牢獄の外に奴がいた。
いかめしい制服を着、鞭を携えた隻眼の男。

監獄の所長、白のジョーカー。

彼は優男面に笑みを浮かべ、
「どうしたのさ、君が自分から牢獄に入るなんて。
まあ君が囚人になってくれるなら、俺もジョーカーも大歓迎だけどね。
ああ、今あいつはサーカスの準備で手が離せないんだ。後で二人でたっぷり――」
「前置きは省く。点検で入ったら出られなくなった。所長権限で開けてくれ」
ジョーカーの戯言をキッパリ制する。ジョーカーも気を悪くした様子はなく、
「監獄に鍵がないのは君も知ってるだろう?君が自分から檻に入ったんだから、出る
のも自分でやってくれよ。俺に言われてもなあ」
不測の事態だというのに、顔は明らかに面白がっている。
「冗談ではない。役人が、それも時計屋が牢に入るなど笑い話にもなるか」
「でも罪を犯してないのなら出られるはずだ。ここは『そういう』場所なんだから」
ジョーカーは悔しいほどに真顔で言う。
陰謀や企みごとではない。奴の言うことは本当だ。
出ようと思えば出られる場所なのだ、監獄は。
なのにどうして――。

「大体、何で入ったのさ。心当たりはあるかい?」

「…………」
あのとき牢獄の中に影が見え、それに引き込まれるように中に入った。
だが、影のあった場所には、何も無い無機質な闇があるだけだ。
あの影。確か、あのシルエットは……
「何か心当たりがあるのかな?時計屋ユリウス」
ジョーカーの狡猾な笑みが深くなる。
「……知っている奴がいた、気がした。
だが、そいつは私が囚人になるだけの存在ではない」
きっぱり言い切ると、再度牢獄の扉を開けようとする。
だが、動かない。
「どうしたの?君が囚人じゃないのなら、出たらいいじゃないか」
「分かっている……っ!」
自然と声に苛立ちがにじんでしまう。
「ジョーカー、お前も手伝え、いちおう同僚だろう!」
「いちおうなんて寂しいこと言うなあ」
次の瞬間、妙な感触を抱き、ユリウスの背筋に悪寒が走る。
いつの間にか牢獄の内部に現れたジョーカーに、後ろから抱きすくめられていた。
「――っ!!気色の悪い真似をするな!!」
心底からの嫌悪をこめて振り払おうとする。
「はは。ユリウス、ちょっとやせたんじゃないか?ちゃんと食べてるかい?」
「大きなお世話だ。いいからふざけてないで放せ!!」
「ええ何言ってるのさ、俺はふざけてなんかいないよ――」
そこでわざとらしく言葉を切り、強引にユリウスを振り向かせると、

ジョーカーはユリウスの唇に唇を重ねた。

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