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■監獄の珍事・下

「おい時計屋、どうした?」
「いや、その……」
身体を起こそうとするが、上手く起き上がれず、布団に沈み込む。
「おい、時計屋」
ジョーカーは少し考え、やがてうなずき、
「わ、分かった。ひどくはしないようにする」
「――は?ちょっと待て、今、勝手に何を察したんだ!」
だが真剣な顔になったジョーカーは、再びユリウスにのしかかり、
「俺も気をつけるけどよ。お前ももう少し、言ってることと態度を一致させろよな」
――おい……。
つまり、拒絶の言動をぶつける割に逃げないなど、こちらの言葉と態度が相反して
いたため、勝手に『照れ隠し』と解釈されたようだ。
「いや、違う、病を移されたんだ。今少しだるいだけで――」
「ああ。そういうことにしておいてやるさ」
――違う。言い訳ではなく純然たる事実を……
だが、そう言おうとして凍りついた。
ジョーカーが、笑っている。
会えば暴言をぶつけるわ、床に引きずり倒すわ、ナイフを投げつけるわ、嫌がらせで
乱暴に犯すわと、自分に好き放題してきたジョーカーが……自分に微笑んでいる。
はっきり言って怖い。あまりの衝撃に一瞬、対処が遅れた。
その一瞬の間にジョーカーがユリウスの頬に触れ、唇を重ねてきた。
「ん……」
唇を割って舌が入り込む。常と違って、怖々と反応を探るように触れてくる。
――どうするんだ、この状況……熱もあるのに、何で気がつかないんだ。
ろくに病気をしたことがないためだろうか。ジョーカーは未だにユリウスの不調に
気づく気配はない。ユリウスの体温が高くなっていることについては、十中八九、
病以外のものと勘違いをされているだろう。それに今さら誤解を解いたところで、
自分の一人芝居だったと気づいたジョーカーが羞恥で逆ギレしそうな気がする。
……仕方ない。こうなったら病を移し返してやる。
結論を出したユリウスは自分の不甲斐なさに深く深く深くため息をつく。
――こんなだから、他の奴らにいいようにつけいられてんだろうな、私は。
自己嫌悪でさらにドン底まで落ち込めそうだが、それは後だ。とにかく早く
終わらせて時計塔で一人静かに療養したい。このままでは仕事に響く。
ジョーカーがさらに角度を変えて何度か口づけるのに舌で応え、関節の痛い腕を
相手の頭に回し、抱きしめる。
顔を離したジョーカーはやはり穏やかに笑っていた。
こういう顔をされると、白い方と間違いそうだが、それなのに相方よりもっと
澄んだ優しさを感じさせる。
凶暴な仮面の下にこんな顔があったのかと、ユリウスは驚いた。
「分かってるさ。俺は最初から問題外なんだろ。俺も本気にならないから心配するな」
そう静かに呟く彼は、間違いなく『本気』としか表現しようのない表情だった。
――というか、どういう意味での本気なんだ?
まさか同僚への『本気の殺意』という意味なのだろうか。
己の中で深く追及する前にジョーカーはユリウスの襟元をゆるめながら、首筋に舌を
這わせた。それだけで具合の悪い身体にわずかに熱がともる。
「ん……」
監獄の制服でもサーカスの道化姿でもない、無個性なワイシャツ姿のジョーカーは
まるで普通の青年のようで、どこか新鮮だった。

「はあ……はあ……」
その気ではないつもりだが、始まってみれば声を上げ、快楽を追求している。
ジョーカーは病み上がりで、ユリウスは病み始めで、互いに緩慢ながら身体を晒し、
抱き合い、口づけあっていた。ジョーカーの手は意外にも優しく、的確に触れて
欲しい場所に触れてくれる。乗り気ではないユリウスも次第に熱くなっていく。
「おい、どこがいいんだ?ここか?」
「……ん……」
胸を軽く噛まれ、病で高まった熱がさらに高くなる。
ユリウスはジョーカーの裸身に腕を回し、より密着を深くし、応えた。
下にのびたジョーカーの手が起ちかけたものを手荒に扱く。
望んでいた快楽に、より強く抱きしめれば、相手もより強く、執拗に弄ってくる。
ジョーカーの剥き出しのモノが零す熱が肌に落ち、それだけで声が漏れた。
「ジョーカー……早く……」
頭をかき抱き、口づけながら急かすのは、早く終わらせてほしいから。自分から
求めているわけではない――そうユリウスは自分に言い聞かせる。
「しょうがねえなあ」
乗ってくれているのか本心なのか。
ほどなく先走りでぬめったジョーカーの手が後ろに回され、内へ内へと忍び込む。
痛くないと言えば嘘になるが、内からわきあがる快楽が痛みを打ち消してくれる。
「ん……」
「時計屋……くそ……お前は本当に、そんな顔しやがって……」
そんな顔というのはどんな顔なのか。だが聞き返す前に、ジョーカーが後ろに
己のモノをあてがうのを感じた。
「時計屋……」
一種の静寂。そして内にねじこまれる鋭い熱。
「ぐっ……」
「力抜け、いくぞ……」
言って、ジョーカーが動き出す。ため込んでいたものもあったのか、
出だしから強く揺さぶられ、ユリウスはシーツを固くつかんで耐えた。
ジョーカーは変な煽りも入れず、妙な方向に走ることもない。
ただ無言で思いだけを打ち付ける。
そうしてどれくらい経ったか。
翻弄されつづけるユリウスは絶頂が近い。
ジョーカーもさらに強く揺さぶり、思いだけを行動で伝える。
淫猥な粘液の音だけが室内に響いていた。
ユリウスは汗をかき、不調と戦いながらふと思う。
そもそも憎悪しているとはいえ相手は男だ。性欲処理にしろ抱くものだろうか。
――この男は、もしかしたら私のことを……
頭の中に一瞬浮かんだ思考は、放たれた熱と共に雲散霧消する。
「ジョーカー……!」
ユリウスも名を呼び、白く濁った液を宙に放つ。
そして病もあって、そのまま意識が遠ざかる。
「時計屋…………き、だ」
ジョーカーが自分を抱き何か言っていた気がした。
だが眠りの闇に落ちる瞬間に全ては消え去ってしまった。

…………

「それじゃあ、世話になったな」
ユリウスは制服を着た監獄の所長に声をかける。
「ん……」
だがジョーカーは複雑そうだ。
監獄での時間の経過は分からないが、それでもかなり長居した。
あの後、衣服を整え立ち去ろうとした。
だが、不調が頂点に達して倒れてしまい、病がバレた。
ジョーカーは性行為中に移ったものと勘違いしてくれたため、羞恥による逆ギレは
回避できた。だがその代わり『借りは作りたくねえ』ということで監獄で療養という
さっぱり落ちつかない事態に至ってしまった。
ユリウスにしてみれば、監獄の所長の看病など冗談ではなかったが、ジョーカーは
思っていたより、まめまめしく介抱してくれた。
とはいえ、彼の仕事を相当妨害していたことも確かなので、出て行くときは喜ぶかと
思っていたのだが。ジョーカーはユリウスの顔を見ながら、
「調子が悪いのなら、もう少し泊まってもいいんだぜ」
ありえない気遣いが怖すぎる。だが親切は素直に嬉しい。
「芋虫じゃあるまいし、表をなおざりには出来ないからな。部下も待っている」
共通の知人のことを出すと、なぜかジョーカーは歯を食いしばる。
奴と彼は、自分たち二人より遙かに親密な間柄だと聞いているのに。
どういうことだろう。
そして、ジョーカーはふいに顔を上げ、
「今さら参戦なんて野暮なことはしねえ。だが、処刑人に伝えておけ。
『あんまりいい加減に扱うようなら、俺が横からかっ攫っていく』ってな!」
「は?あいつに何か取られたのか?いや、取り合ったのか?」
「さあな」
ジョーカーはきびすを返し、監獄の方へ去っていった。
ユリウスはよく分からずにその後ろ姿を見送る。

――まあ、いいか。

やがてユリウスは肩をすくめ、時計塔に帰ることにした。
これが契機で親しくなれるような生半可な相手ではない。
会えばまたナイフを投げられるだろう。だが、それなりに親しい会話も交わせた。
たまにはこういうアクシデントがあってもいい。

少しだけ、そう思いながらユリウスは、ジョーカーと別の方向に歩いて行った。

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