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■監獄の珍事・中

ほどなくして卵酒と数点の料理が完成し、ユリウスは時間をかけて食べさせた。
「どうだ?落ち着いたか?」
「不味すぎる。食えたもんじゃねえな。いや食い物じゃねえよ」
「作ってやったのにその言いぐさか、なら自分で片付けろ、私は知らん」
そう言ってから、食べ尽くされ空になった食器を下げる。
そのうち元通りになるだろう、と皿を台所に置きジョーカーの様子を見に行く。
威圧的な制服を脱がされ、シャツとスラックスだけになったジョーカーは、普段の
毒気が薄れたように見えた。ユリウスは彼の額に手を当て、
「ふむ。少し下がったな。お前は体力だけはあるし、寝れば治るだろう」
そう言って、ベッドの傍らに椅子を引き、台所で見つけた果物ナイフでリンゴの皮を
剥き始めた。ジョーカーはぼんやりとそれを見上げポツリと、
「今だけは、あの芋虫の気持ちが分かるな……」
「ん?どういう意味だ?病弱なのが良いのか?」
だがジョーカーは独り言のように、
「このままずっと、治らなきゃいいのに」
「ん?今度はどういう言葉遊びだ?」
するとジョーカーはハッとしたような顔で顔を赤くし、
「う、うるせえよ」
乱暴に言って頭から布団をかぶるジョーカー。ユリウスは意味が分からないまま、
リンゴでウサギを作る作業に戻った。

「ん……」
誰かが頭を撫でている。優しく撫で、髪を一房つまみ、愛おしむように触れる。
ユリウスが身体を少し起こすと、慌てたように手が離れる気配があった。
顔を上げるとジョーカーは寝息を立てていた。
ユリウスは寝起きの不明瞭な思考のまま、記憶をたどる。
たしかジョーカーにリンゴを食べさせた後、何度か体温を測り、氷嚢を取り替え、
汗をふいてやり、その後ベッドにもたれ眠ってしまった。だがしかし……
――何だろう、この『お約束にハマッた』感は。
ベタにもほどがある。しかも相手は自分を嫌い抜いている監獄の所長だ。
気恥ずかしい思いを隠すため、ユリウスはジョーカーの額に手をやる。
寝息を立てているジョーカーが、なぜかビクッと揺れた気がした。
「平熱、だな」
さすが体力自慢というべきか。回復の早さには舌をまく。
これ以上すべきことはないだろう。
――なら帰るか。
治ったからと調子を取り戻し、平時のようにナイフを投げられてはたまらない。
ユリウスは立ち上がり、椅子の背にかけてあった上着を取ろうとし、
「ん?」
違和感を覚えて振り向くと、ジョーカーがユリウスの手首をつかんでいた。
「何だ?起きたのか?良かったな。もう熱は下がったぞ」
「あ、ええと……」
相手も寝起きのせいだろうか。いつもの毒舌も罵声もない。
手首をつかんだのも、つい、という感じだった。
「後は自分で出来るだろう?それとも他に何か用か?」
「……その、と、時計屋!」
「――っ!」
突然引き寄せられ、驚いて反応が出来ずにいると、身体を引き寄せられ強く抱きしめられる。
何とか身をよじり離れようとするが、病み上がりとは思えない力で身体を拘束される。
その手が意図を持った動きで背をなぞる。ユリウスが寒気に身を縮めると、力が
抜けた隙を見逃さず、ジョーカーはユリウスを無理やり寝台に引き上げた。
暴れるのを意に介さず、自分の下に組み敷く。
もはや何をされようとしているのかは明らかだ。ユリウスは看病相手を睨みつける。
「おい、これはいったい何の冗談だ」
「いや、その……俺にも、その……ただ、お前が帰ろうとしているのを見て……」
何を言っているのかよく分からないが、病み上がりで多少判断力が落ちているのかも
しれない。
「とにかく、離せ。私は時計塔に帰りたいんだ」
「あ、ああ。す、すまねえ」
「…………」
「…………」
沈黙が続く。ジョーカーは動かない。
「おい、離せ」
「ああ」
動かない。抱きしめたまま。いや、また手が動き始めている。
もはや冗談の域を超えている。
ありえない。人に看病させておいて治ったら性欲処理に使う。
いいように使われるにも限度がある。
「おい、人をモノ扱いするのもいい加減に――」
スパナを取ろうと懐に手を入れるが、先にジョーカーに手首をつかまれ、阻まれる。
「くっ……」
病み上がりとはいえジョーカーはジョーカーだ。手加減しない馬鹿力に危うく手首を
ひねりそうになる。時計屋にとってどれだけ手が重要か分からないわけでもないだろうに。
ユリウスは怒りを抑え、なるべく相手を刺激しないよう静かに、
「ジョーカー、どけ。別に私でなくともいいだろう?元気になったのだし、そこまで
飢えているなら、裏通りの店で女でも見つければいいだろう。何も男相手に――」
だがジョーカーに口を手でふさがれ、先を阻まれる。
「お前は俺を暴力男みたいに言うけどよ。お前ほど俺を傷つけている奴もないぜ?」
「――?」
そして、ユリウスにもう一度口づけると、ジョーカーは身体を起こした。
押し通されるかと思ったが、どうやらユリウスを解放する気になったらしい。
しかし何から何まで意味不明だ。それでも早々に立ち去ろうと起き上がりかけ――
「?」
――だるい……。
頭痛がする。倦怠感、関節の痛み、喉の痛み、そのほか色々わきあがってきた。
そういえばジョーカーを説教したものの、自分自身も不摂生な生活を直進していた。
しかも看病中は何も食べておらず、加えて長時間のつきそいに睡眠不足。
――まさか、ジョーカーの病を移されたのか?
熱も上がり始めているし悪寒もしてきた。

……看病して襲われかけ、病気まで移された。いよいよ救いがない気がする。

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